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歴史は繰り返す・・・かな?(2001/7/12)
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| 今シーズンのバルサは、ここ何年間で最悪なシーズンであったことは間違いない。首位に17ポイント差をつけられての17勝9敗12分け。つまり敗け試合数と引き分け数が勝った試合数を上回っている。しかも地元カンプノウではコルーニャ、ビジャレアール、そして2部に落ちたオビエドにも負けている。いったい何年振りだろうか、こんなひどい結果を最後に残したのは。そう、今シーズンと同じように悪い結果をもたらしたシーズンは、13年前までさかのぼらないと見つからない。
1987−88のシーズン、バルサは首位に23ポイント差で6位に終わっている。首位は今シーズンと同じようにマドリだった。そしてそのシーズンと今シーズンを見てみると、共通するいくつかの部分が発見できる。 ●シーズンを通して 両シーズンとも、シーズン途中かなり早い段階からリーグ優勝への希望が途絶えたこと。 ヨーロッパリーグ(87−88の場合はUEFAカップ)での早い段階での脱落(87−88は、1/8でバイエル・リバクーセン相手に負けており、今シーズンはチャンピンズリーグ戦第一段階で敗退)。 そして国王杯が、最後まで残った唯一のタイトル可能なものであったこと(87−88は優勝し、リーグ6位ながらもかろうじてカップ・ウイナーズ・カップに翌年参加できた)。 ●監督問題 87−88シーズン開始当初の監督テリー・ベナブレスは、最初の4試合のうち3試合に負け早くも辞任させられている。後を引き継いだのはベテラン監督ルイス・アラゴネス。しかし残り34試合、ついに最後までチームを機能させることができないままシーズンを終了している。 00−01、クラブ新会長となったガスパー首脳陣の大多数による推薦監督セラ・フェレール。だが彼はシーズン終了6試合を残すところで解任。その後レシャックがチームを引き継ぐものの、結局は流れを変えることができなかった。それでもリーグ最終戦の94分におこった「大聖人リバルドの奇跡」により、かろうじて翌シーズンのチャンピンズリーグへの参加権を得る。 ●新監督 当時のバルサ会長ヌニェスは、新会長選挙での再選に向けてバルセロニスタに人気のあるヨハン・クライフを抜擢する。クライフはシーズンが終了する1、2か月前から、翌シーズンに向けた大補強作戦のために選手獲得プランを練る。 ガスパー会長は、クラブ生え抜きのレシャックを新シーズンに向けた監督として抜擢。レシャックも早い時期から彼好みの選手獲得を図る。 ●87−88の加入選手、放出選手 加入選手 放出選手 なんと16人の放出、12人の新加入である。チーム全とっかえにちかい。 ●01−02の加入選手、放出選手 加入選手 放出選手 87−88に比べれば少ないものの、それでも大幅な選手交代である。 当時の会長ヌニェスはこの時、22億ペセタという想像を超える資金を捻出し、新星バルサを作り上げた。クライフはその後、ラウドゥルップ、ストイコフ、クーマンなどで更に補強を続け、3年後に新星バルサとしての初優勝を遂げている。いわゆるドリームチームの始まりだ。 ガスパー会長は来シーズンからの新たな出発に向けて、200億近くの投資を予定している。今回はクライフではなくてレシャックが新星バルサを引き受けることになる。クーペルやカッペロではなくて、クライフが愛した「攻撃フットボール」の精神を共有するレシャックが、再び傷ついたバルサを立て直すというのが興味深いところだ。しかも両シーズンに共通することは、指導者自ら選んだ若手選手を加えてのチーム構成によるスタート。 歴史は繰り返すというならば、再び新たな若手バルサの誕生を期待してもバチは当たらないだろう。まだシーズンが始まってもいない。だが新星バルサは確実に動き出している。 |
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