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ふたつのレシャック考(2001/12/26)
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| レシャックの変貌
この試合、カルラス・レシャックは何百回とベンチを立ったり座り直したりしていた。オーバーのポケットに手を突っ込んだままの彼のしぐさは、テレビ中継を担当したカナル33のカメラが証人となっていた。常に沈着冷静で、皮肉やであり、ジョークを忘れないレシャック。だがこの試合での異常なまでのアクションは、彼の内部に何か変化が起きたということなのだろうか。 だが良く考えて見れば、カメラに写った彼のアクションはそれほど大げさに取り上げることではないかも知れない。なぜなら、監督としてのレシャックは、つまるところ現在チームが抱えている状況を映すところの鏡であるからだ。そう、バルサはセルタ戦を終了した段階で、4試合で2ポイントしか獲得していないのだ。唯一、このバルサの下を行くのがラージョ・バジェカーノ。だがそれでも彼は究極の状態ではないという。「究極の状態ではないよ。こういう状況は、デリケートって呼ぶんだ。あるいは難しい状況とかね。まあ好きなように呼べばいい」 カナル33のカメラがとらえた我々の知らないレシャックの姿への驚きは、翌日のピッチ・アロンソへの攻撃という新たな段階に入る。試合後24時間経っても熱い熱いレシャックイメージ。ピッチ・アロンソはカナル33の番組で、試合後に黒板を使っての試合分析している。 レシャックとピッチ・アロンソとは親友である。元選手として同僚の身であり、テレビの仕事でも元同僚であった。そういう人物に対するレシャックの、ジョークとはとれない辛辣な攻撃をいったいどのように理解すればいいのか。 いずれにしてもレシャックは、多くのバルセロニスタが彼はバルサに相応しい監督ではないと思っていることを知っている。彼のすることなすこと細かく分析対象となっていることに神経質になっているとしても不思議ではない。特にカタルーニャのメディアは彼に厳しいということを感じているだろう。それは彼が迎える初めての経験、40年バルサにいて、初めての経験だ。彼は今、まったく新しい役柄についている。今までの彼は常に「準主役」としてのレシャックでよかった。ヨハン・クライフと一緒だった8年間、彼は今のようなプレッシャーとは無縁ですむことができた。プレッシャーはクライフ1人が受ければいいし、クライフもそれをよしとしたからだ。だが今は、最前線に出ている主役であった。プレッシャーは彼が望むと望まずとやって来る。 主役になってからまだわずかな時間しか経っていないにも関わらず、すでに大きな変化が起きている。シーズン開幕当初は満足できる結果をだしていたレシャックバルサ。だがここに来て試合内容以外にも結果までついてこなくなったレシャックバルサ。この変化はレシャックに対して大きなプレッシャーとなってやって来ている。メディアの批判もさることながら、クラブ理事会からのプレッシャーだ。昨シーズンからクラブの手綱を預かったガスパー政権は、2年間で300億の移籍料を使うことによりタイトルの獲得を狙ってきている。それも今すぐのタイトルでなければ意味がない。しかもレシャック監督就任は、ガスパーが自分の椅子をかけて選択した道でもあった。 レシャックバルサはシーズン当初の「試験」には合格していた。季節はずれにやってきたチャンピオンズリーグ予備選での勝利。そして10月に入ったリーグ戦ではレアル・マドリに9ポイントの差をつけて首位に立っていた。だがリバプール戦をはさんでの2か月間で、これらの信用貯金もすべて使い果たしてしまう。デル・ボスケに対し多くのメディアが疑問を投げかけながらも決して揺れ動かなかったレアル・マドリと違い、バルサは揺れに揺れている。もちろんその対象はレシャックであった。 レシャックは監督就任後にこう語ったことがある。 だが負傷者は、戻ってきては再び再入院という状態を繰り返していた。前のメンバーを再び次の試合に起用できるという日がいまだにやって来ないでいる。 カタルーニャのスポーツ紙「SPORTS」が最近3千人のバルセロニスタを対象にアンケートをおこなっている。そこでは70%の人々が、ここまでのバルサの責任はレシャックにあると答えている。そして同時に、彼ならこの危機を乗り越えると思う人が60%近くもいる。多くの人がレシャックに対し批判をするものの、彼の肩を優しく叩くことも忘れてはいない。 EL PAIS 2001.12
チャーリー、スエルテ!
これは昨年の会長選挙によって生まれた、好むと好まざるとに関わらず、否定できない現象なのだ。カページョ、ベンゲル、そしてクーペル。彼らがそれぞれ異なる理由でバルサの監督に就任することなく終わった事実から生まれる現象。そしてその後、ガスパーがチャーリーに監督就任を「お願い」することにより、ガスパーは監督に対するすべての権力を失った。この「お願い」により、ガスパーはチャーリーと一心同体となってしまった。 いまやどこを見渡しても、チャーリーの代わりになる人物は存在しない。スポーツ・ディレクターのパレーラも、レシャックに何を言っていいかわからない。バルサのスポーツ・ディレクターはフットボールの専門家ではない。パレーラは優秀な「交渉家」ではあるが、それ以上でもそれ以下のものでもない。だから自分を知るパレーラはレシャックにバルサの現状について「質問」することはない。答えを聞いても理解できないことを知っているからだ。ただ「教え」てもらうだけだ。それならできる。 チャーリーを取り巻く「協力隊」は多い。いや多すぎると言った方が、的を射ている。例えば、先日のポルトの試合をスパイに行った、二組のスカウト係を見ると明らかだ。たった1人の選手をスパイしに、違うセクションからそれぞれのスカウト係が送られ、観客席で遭遇しお互いにビックリしたという笑えない笑い話し。だからレシャックには常に側にいる協力者としてのアレサンコとデラ・クルス以外にも、多くの協力者がいることになる。もちろん、大して役に立たない協力者ではあるが。 選手たちに関しては語らない方が良いかも知れない。彼らはレシャックに非常に満足しているからだ。彼が記者会見で選手の発憤を促すためにきついことを言おうが、それでも彼らはレシャックに満足している。カンプノウ以外では滅多にスタメンをして使われないことが多いサビオラにしても同じだ。リバルドのファンとのコネクションがうまくなされていない現状にあって、もっとも今に始まったことではないが、そのことがさらにサビオラを楽にしている。彼はカンプノウではすでにスターとなっている。とにかく状況がどうであれ、多くの選手たちにとってレシャックは「楽」な存在としてある。 バルサ職員に関して言えば、それは選手たちよりも必死になって現状の打開を願っているといっていいだろう。多分彼らはひざまづいてでもレシャックの幸運を期待するだろう。なぜならレシャックの成功、つまりバルサの成功が彼らへの給料支払いを保証するからだけではない。それ以上に、もしバルサがうまういかなかったらそれはクラブの経費節約方針で、彼らの職自体が危うくなるからだ。 だからもしレシャックが崩壊すれば、それはガスパー政権の崩壊となってもおかしくない。ボールがゴールに入らない時、レシャックが露骨に見せる神経質さは、したがって多くの人間に感染していく。ゴールにボールが入らなければ入らないほど、レシャックの崩壊が近づき、同時に彼らの崩壊も近づく。したがって、問題はレシャックではない。レシャックと一心同体にしたクラブの問題だ。 だから我々も祈ろう、ひざまづいて。チャーリー、世界中の幸運があなたのところにいくように。 EL PAIS 2001.12 |
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