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ロナルディーニョ物語・7(バルサへ!バルサへ!)(2004/09/21)
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![]() サンドロ・ルセーは一睡もせずにリヨンのホテルで一晩過ごしている。ショックはあまりにも大きいものだった。“変革”バルサのキーを握る選手の獲得に失敗したこともさることながら、多くのバルセロニスタの期待に応えられなかった自分に腹がたっていたからだ。フランシス・グライレとの会合の翌日、朝一番の飛行機でバルセロナに戻るサンドロ・ルセー。彼はリヨンの空港からジョアン・ラポルタに連絡をとっている。 それでもバルセロナに到着したサンドロ・ルセーは最後の力を振り絞って“あがいて”いる。ロナルディーニョ側からの援助を期待し、まず妹のデイシに、兄であり代理人であるロベルトに、そして彼らの母であるミゲリーナにも電話している。もちろん当人のロナルディーニョとも連絡をとっている。アシス家のすべての人々がバルサ行きを希望している・・・とサンドロ・ルセーには思えた。だが、同時に彼らにとっても重要なビジネスの一つであることも理解できた。 ロナルディーニョがバルサでプレーしたいという思いに嘘はない。だがブラジル人の彼が子供の頃からバルセロニスタであるわけもなく、バルサでプレーしたいという思いはかつてロマリオやロナルド、リバルドが入団していたクラブであるからという理由に過ぎない。しかも親友と言っていいサンドロがクラブ関係者となっていることも大きな理由となっている。だが一人のプロ選手として考えた場合、他のクラブが提供するバルサより魅力的なオファーを無視してまでバルサに行くべきかどうか、そこまでは答えが見つからないロナルディーニョでもあった。 7月16日、つまりサンドロ・ルセーとフランシス・グライレとの間で最終的な話し合いがおこなわれた翌日、PSGのオフィスにマンチェスターからのファックスが届くことになっていた。マンチェスターのピーター・ケニオンが前日に口頭で交わしたオファー内容を正式文章として送ってくる約束だった。午後8時、約束通りクラブのオフィスにファックスが送られてきた。それは予定通りピーター・ケニオンからのものだった。だがそのファックスを手に取ったフランシス・グライレは愕然とする。3000万ユーロのオファー額がまるでマジックでもかけたように2800万ユーロとなっていたからだ。 PSGがビッグクラブかどうかは別として、数多いフランスのクラブの中でも最も歴史と伝統を誇るものだとフランシス・グライレは思っている。いかに世界一金持ちクラブと言われているマンチェスターが相手であろうと、口頭で約束したことを24時間後に無効にするようなことは、とてつもなくプライドを傷つけられる我慢のできないことだった。ファックスを受け取ってから瞬時に彼の頭をよぎったのはサンドロ・ルセーとの夕食会を勧めてきたときのマネル・アロージョの言葉だった。 サンドロ・ルセーには何がなんだかわからなかった。それは当然のことだろう。アシス家の人々によるPSGへのプレッシャーをほんの少しは期待していたものの、現実には彼らは動かなかった。ただ、レアル・マドリやマンチェスターが示してきたロナルディーニョに対する年俸額よりは低いものの、クラブ同士の問題が解決すればバルサに入団する用意はあるという口頭での約束はしてくれた。それにしても、いったい何が起きたのだろうか。 サンドロ・ルセーと商談成立を済ませたフランシス・グライレはすぐさまマンチェスターにファックスを送っている。それは次のような内容だった。 7月19日17時、イベリア航空2606便がバルセロナ・エル・プラット空港に着陸した。空港待合室にはバルサのユニを着た人々やバルサ旗やカタルーニャ旗を持った大勢の若者が待ち受けていた。ロナルディーニョ・ガウチョの到着を今か今かと待っている人々だった。彼らがかつてカンプノウで見たロマリオやロナルドが奏でるサンバのリズムが再び戻ってくることを期待する人々だった。 もし、そう、もしピーター・ケニオンが初歩的なミスを犯さなければロナルディーニョはマンチェスターに入団していたかどうか、それは今となっては誰にもわからない。だが、そんなことはどうでもいいことだ。ロナルディーニョは5年間の契約を結んでバルサに入団してきた。それだけが重要なことだ。11万1545番のソシオ番号を持つロナルディーニョは次のように語っている。
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