フロレンティーノ対マケレレ、
さあ、さあー、どっちもどっちも!
フロレンティーノ・ペレスがレアル・マドリの会長戦に立候補した3年前、その戦いは誰が見ても明らかに厳しい挑戦だった。なぜなら会長席を争う直接対決の相手は当時会長であるロレンソ・サンス、3年間の会長職においてすでに2回のチャンピオンズに優勝している会長だったからだ。そのような状況の中で会長に選ばれる難しさは、当のフロレンティーノ・ペレスがもっとも認識していたことだろう。だが彼はフロレンティーノ方式を持って戦いに挑む。
勝利するためには手段を選ばない。これがスペイン最大手の一つの建設会社会長としておこなってきたことだ。フットボール界でも同じ方式を持ち込めば勝利は不可能ではない。当時バルサの選手であったルイス・フィーゴの代理人に300万ユーロのコミッションを支払うことによって不可能を可能とした。もちろん彼が在籍していたクラブの知らないところでの陰謀だ。
会長に選出されてから1年後、フロレンティーノ方式は繰り返される。当時ユベントスに在籍していたジダーンの代理人に同じく300万ユーロのコミッションを提示する。ユベントスとの移籍交渉を一切おこなわず、選手に反乱を起こさせて自らのクラブへの移籍をスムーズにしようという陰謀もおこなわれた。
その翌年、やはりインテルの知らぬところでロナルドに接触し、レアル・マドリへの移籍交渉が密かにおこなわれた。ここでもクラブ内での反乱という方式が実行に移される。ロナルドはインテルの監督であるエクトル・クーペルとの衝突を理由にインテルに残りたくなというワガママを貫き通し、2年間にわたって負傷して出場機会がほとんでなかったにも関わらず多くのインテリスタがおくり続けた暖かい激励の言葉に対しツバで返したロナルド。
そして今年の夏、密かに接触していたベッカムの代理人に対し、フロレンティーノは400万ユーロのコミッションを支払いベッカムに反乱を起こさせる。さんざん揉めた夏のミステリーは、フロレンティーノ方式の“正しい答え”となってベッカムのレアル・マドリ入団で終わりを見ることになった。そしてこのフロレンティーノ方式を正しくも総括して己の武器とした賢い選手がいた。マケレレだ。
マケレレはチェルシーからのオファーを懐にし、大上段に構えてフロレンティーノ・バルダーノコンビに挑戦をしかけている。もともとこの手の戦いには才能のある彼だ。フランスのクラブからセルタに移る際にも同じような戦いを繰り広げたし、セルタからマドリに移る際にもまったくいまと同じような方式で戦いを挑み勝利している。チェルシーとの交渉に応じないのなら練習には参加しないというマケレレは、フロ・バルコンビの反対を押し切ってフランス代表の合宿に合流、彼の親友であるジダーンと楽しそうに練習をしている。そして記者会見を開いた彼は次のように語っている。
「俺とマドリとの問題は早急に解決がつくと思う。それもすべての人々が満足する形での素晴らしいフィニッシュがやって来るはずだ。」
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