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バルセロナに代表戦は似合わない
バルセロナに存在するスタディアムでおこなわれるスペイン代表戦が果たして地元住民の関心を呼ぶかどうか。例えば、2004年2月現在をとってみれば関心は非常に薄い、そういう結果がでたのが先日のスペイン代表対ペルー代表の試合だ。モンジュイクでおこなわれたこの代表親善試合にかけつけた人々は2万人、そのうち半分近くがスペインに移民、あるいは短期で働きに来ているペルー人の応援団だった。
バルセロナでの代表戦が成功しないのには歴史的なものがある。もともとカタラン人にとってスペイン代表戦などの試合は興味の対象とはならない傾向があるからだ。それでも1992年におこなわれたバルセロナオリンピック・フットボール決勝戦(カンプノウ)には10万人の人々が押し寄せたし、2000年にモンジュイクでおこなわれたイタリア代表との親善試合にも5万人前後の人々が駆けつけている。例え、少ない例ながらも、スペイン代表戦にも地元住民の興味が沸きあがってきている傾向があるのではないか、だがその予想はペルーとの親善試合でもろくも否定されたことになる。
「スペインフットボール協会のアイデアは明らかだ。できる限り全国各地におもむいて親善試合をおこなうこと。セビージャやバレンシアで試合をおこなえば必ずスタディアムが満員となっての良い雰囲気での試合ができることはすでに証明されているが、我々はスペイン代表のチームなんだから可能な限り地方に出向いて試合をおこないたいと思っている。事実、これまでアルバセテや他の地方のスタディアムでも必ず満席となっての試合だったからね。次のヒホンでの試合でも間違いなく“チケット売り切れ”という札が立てられると思う。」
あえてモンジュイクでの少ない観客のことについては触れない代表監督イニャキ・サエス。もう二度とこんなところには来てやらねえぞ、とは決して言わないジェントルマンだ。
いくつかの否定的な要素があったのも事実だ。平日の21時45分からの試合開始。翌日には仕事がある。天候も決して穏やかなものではなかったし、どちらかと言えば冷え冷えする夜でもあった。そしてエスパニョールの不振も決して無関係ではない。地元クラブが好調に飛ばしていれば自然と代表戦にも足がむくものだ。タムードが途中出場してきたときに沸きあがった多くの拍手と、プジョーがボールに触るたびに小さいながらも聞こえたブーイング、これらの現象から1万人のスペイン応援団がエスパニョールファンであることがわかる。そして付け加えるなら、ペルーという大して魅力のない相手であり、しかも親善試合であったこと。
だがバルセロナでおこなわれた代表公式戦の歴史をひもといてみると、1975年を最後にしておこなわれていないことがわかる。まだフランコ独裁政権のかすかな息が残っている時代だ。エスパニョールが本拠地をまだサリアとしていた頃、クラブ誕生75周年を記念しておこなわれた国際試合。ユーロの大会の予選であり親善試合ではない。そしてカンプノウでおこなわれた最後の国際親善試合は1987年にまでさかのばらないとならない。なぜ、カンプノウで親善試合とは言え国際試合が可能となったのか、それは相手がオランダ代表だったからだ。したがって歴史的な事柄を見てもわかるように、そして多くの要素を検討してみても、バルセロナでの代表戦は似合わない、そうなのだよ。
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