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ゲーリー・リネッカー元選手の巻
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| 1986−87シーズン、当時世界最高のデランテロとして評判の高かったゲーリー・リネッカーがイングランドからやって来た。まだスペインリーグでは外国人選手は二人までの世界であり、彼と一緒にやって来たマーク・ヒュークスの二人がリーグ登録選手となったため、それまでバルサでプレーしていたシュステルとアーチバルの二人が登録・背番号なしの干され組となってしまう。もっとも、バルセロナに来て世界最大の都市と信じ切ってしまう田舎者ヒュークスはプレッシャーと都会生活になじめず、すぐにアーチバルと登録変更されたような記憶がある。
目玉商品であったリネッカーの方と言えば、イングランド人にしては珍しく外国語をマスターしようという意欲もあったし、何よりも人当たりの良さがバルサファン受けしアッという間に人気者になった。先のワールドカップで得点王となった快調さを持続し、バルサでもゴレアドールとして活躍する。だが、彼の悲劇は、彼にとって鬼のような存在となるクライフが翌々年にやって来ることだ。あくまでも9番としての才能を持っていた彼を右エストレーモとして起用しようとしたクライフだからして、ゴールエリアから離れた彼に再び9番としての輝きが戻ることなしにバルサを去ることになる。 ほんのわずかな期間しかバルサに在籍していなかったリネッカーだが、それでも今も彼の人気は消えることがない。その彼がイングランドのスカイTVがおこなったアンケートで“イングランドフットボール史最優秀デランテロ”として選ばれている。ちなみに彼に投票した人は約6万人とされている。(2005/01/31) |
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