2007年
2008年
5月

不透明な時代の到来(1)
(08/05/10)

「今シーズン終了をもってフラン・ライカー監督の解任をおこない、来シーズンからはペップ・グアルディオラが新たに指揮をとることになった。ライカー監督がこの5年間バルサに貢献してくれたことに感謝するものの、フットボールの世界は結果が第一となるのは致し方ないこと。2シーズン連続無冠となった責任は監督と選手にあり、新たなサイクルを創造していかなければならない時期が来た。」
クライフ時代に見た5−0という史上最悪のクラシコをさえ上回った超史上最悪の“90分間のパシージョ試合”の翌日、ラポルタは記者会見を開いてこう語っている。

これまで何回か、ラポルタの記者会見をテレビ画面をとおして見てきている。フラン・ライカーの入団記者会見、ロナルディーニョ入団記者会見、サンドロ・ルセー追放発表記者会見、これらの記者会見での特徴は、記者席の最前列にほぼすべての理事会員が顔をそろえて座っていたことだ。少ないときで10人前後、多いときでは20人近い背広組が最前列に場所をとり、ラポルタの一つ一つの発言にまるで“異議なし!”と叫ぶような雰囲気で座っていた。だが、今回の記者会見で見られた風景は、これまでのそれとはまったく違うものだ。記者席最前列に陣取るのはわずか4人の関係者だけという奇妙な風景だった。チキ・ベギリスタイン、マーク・イングラ、アルフォンス・グダール、そしてジョアン・フランケッサ。わずかこの4人だけが顔を見せ、これまで常連だった副会長アルベルト・ビセンスやフェラン・ソリアーノを始め、ラポルタ内閣の大物であるジャウメ・フェレールやチャビエル・カンブラといったところの不在が奇妙にうつる記者会見となっている。
「この決断はクラブ理事会の総意に基づくものだ。」
そう付け加えるラポルタだが、それが嘘であることをこの風景が語っている。少なくともこれまで表面的に団結を誇っていたラポルタ内閣に、どの程度のものかは予想できないものの、ヒビできたことは間違いない。

すでにライカー追放・ペップ就任の噂はマンチェスター戦を前にして、ラポルタ御用新聞エスポーツ紙を通じて流されている。クラブ側が流した情報であることは明らかだが、再びそのたれ流し情報が、クラシコ前に御用新聞を通じて流されることになる。果たしてライカーは何を思っただろうか。ペップは何を思っただろうか。ライカーバルサにとって重要な試合を前にして、そしてペップバルサにとっても重要な試合を前にしての情報たれ流し事件。ライカーにしてもペップにしても納得のいくものでなかったことだけは確かだ。そしてリーグ戦を2試合残したライカー監督、日曜日には首位を決定づける大事な試合を前にしているペップ監督、その2人の立場をまったく無視した今回のラポルタ記者会見。なにゆえシーズンが終了するまで待てなかったのか。それは誰もが持つ疑問だ。その疑問を解く一つの鍵はラポルタの発言の中に見られるかも知れない。彼はこう語っている。
「2シーズン連続無冠となった責任は監督と選手にある。」
そう、この2年間の絶望的な状況を作った原因は、ひたすら監督と選手にあり、我々背広組には無関係なことだ、まるでそう語っているようなラポルタの発言。彼らはあくまでも無実であり、悪いヤツらは早急に切らなければならない。怒り狂っているバルセロニスタに少しでも明るい明日が迎えられるように・・・。

リーグ最終戦となるムルシアとの戦いを終えて、そこで初めてラポルタはライカー更迭を伝えるべきだった。これまでバルサで指揮をとったすべての監督と同じように、良いところもあれば悪いところも当然ながらあったライカーだが、そのジェントルマンとしての姿勢だけは、これまで見てきたすべての監督のそれを遙かに超えていた。一度足りとしてクラブ理事会はもちろん、選手たちに対する批判の声をあげたことがない。自らのミスを認めたことはあっても選手のミスを批判したことはない。クラブに、選手に、そしてファンにあくまでも忠実であったライカーに、限りなき感謝の言葉を贈りながら“グラシアス!アディオス!スエルテ!”とするのはシーズンが終わってからでも決して遅くなかったし、それがクラブにつくした人に対する礼儀だっただろう。だが、すでにその言葉は空中に放たれてしまった。

2008−09シーズン、5年間のライカーバルサが終止符を打ち、新たにペップ・グアルディオーラ監督指揮によるペップバルサが誕生する。バルサにとって、そしてラポルタ政権にとって、最大の過ちを犯す可能性を秘めた第一歩のシーズンが始まる。


アディオス!
(08/05/02)

■ライカーバルサの終焉
バルセロニスタの心を見事に打ち砕いてくれた昨シーズン終了後、その主犯となったライカー監督を筆頭として、共犯者であるロナルディーニョやデコ、あるいはマルケスに“再びチャンスを!”という一部バルセロニスタの優しい心遣いは、まったくもって裏切られてしまった。彼らのボスであるラポルタやチキが約束した“内部規律の徹底”というアメ玉につられてしまったのもいけなかった。
“最初に欺されたときには欺した方が悪いが、二度同じ欺しにあったときには欺された方に罪がある”
どこかの国の格言にこんな感じのがあったが、そう、人間、二度も同じ過ちを犯してはいけない。

大昔のことはさておき、少なくともこの目で見てきたテリー・ベナブレス監督時代から現在に至るまでのバルサの歴史にあって、ライカーバルサは最高レベルの選手を擁したチームだったと言って良い。クライフバルサなどと比べてもより素晴らしい選手がそろっていたロブソン監督時代(ローラン・ブラン、アベラルド、コウト、ナダル、チャッピ、セルジ、ポペスク、ペップ、イバン、アモール、セラーデス、ルイス・エンリケ、バケロ、ストイチコフ、フィーゴ、ロナウド、エトセトラ、エトセトラ)に優ることはあっても劣ることはないだろう。だが、残念ながらかなり予想よりも早く、このライカーバルサのサイクルは終焉してしまった。それでも、クラブ史にゴシック文字で残るであろうフラン・ライカー元監督。フットボールチームの指揮官として最も肝心なその監督としての才能があったかどうかは別として、どこまでもジェントルマンであり、第三者に対しての不満や批判をすることが一度足りとして見られなかった監督であり、これほど親近感が感じられるイメージをもった監督も珍しい。この5年間で、およそ100回以上(つまり2千分間以上)拝見してきたライカー監督の記者会見の様子から、それなりに彼の人柄を個人的に理解したつもりでいる。彼としては二度目のチャンピオンズを手に入れて辞任するつもりでいたのだろうと思う。それが可能とならなかったことは、ファンの一人として非常に残念ではある。もちろん、すでに倒れてしまった指揮官に対し、ツバを吐くような真似をする気にはなれない。ひたすら良い思い出だけを胸にしまい込んで、ご苦労さん、ありがとう、お元気で、それではお幸せに、と礼儀正しくお別れしておこう。

■ラポルタの延命工作
ライカーバルサの終焉は、すでに1年近くも前から、その可能性についてこのコーナーで触れてきている。それは多くのバルセロニスタが感じてきたことであり、チャンピオンズの敗退という事実がそれを決定的にしたに過ぎない。いつかは目の前に訪れることであったし、考えてみれば今さら大騒ぎするほどのものでもない。一つのサイクルの終焉。かつてレアル・マドリにそれが訪れたように、今またバルサに訪れ、そして何年か後には再びレアル・マドリに訪れ、そしてバルサにもやって来る。物価が上がったり下がったり、株価が上昇したり下降したり、ユーロが上がったり下がったり、乾期が続いたと思ったら雨期が続き始めたというように、今フットボールの世界ではバルサが“下降”する時期が訪れたに過ぎない。ただ、それでも、一人のバルセロニスタとして、この状況が言葉では表せられないほど悔しいことには変わりがない。

現実的な“下降’傾向が誰の目にも明らかに始まってしまった現在、それに対し腕を組んで何もしないで見守っているほどラポルタはバカではないはずだ。すでにバルサファミリーの間では市民戦争が始まっている事実を前にして、その戦争を勃発させた最高責任者であるクラブ会長が黙っているわけがない。沈黙を守ることは、座り心地の良かったパルコ席の真ん中にある彼の指定席の権利そのものを脅かすことになるだろうし、現実的に彼に対する糾弾は始まってしまっている。攻撃は最大の防御なり。したがってラポルタは攻撃にでることになる。新たなサイクルの始まり宣言をもって、バルセロニスタに希望を与えなければならないのだ。

多くのバルセロニスタはモウリーニョの到来を待っている。甘ったれた選手たちに渇を入れ、プロ精神に欠けた選手にそれの何たるかを教え、バルサのチームカラーの色を知らない選手たちをその色に染め、そしてすべての選手に日々の練習とはいかなるものとしなければならないかを、具体的に体に覚え込ませるであろうモウリーニョの監督就任を願っている。ラポルタ一味が画策していると言われるペップ監督就任案というのは、まるで冗談のようなラウドゥルップ監督就任案より少しはマシな香りがするものの、個人的にはまったくもって魅力を感じない。ペップの監督就任はラポルタ・クライフ支配の継続という意味ともとれるし、同時にライカー監督時代の継承としてもとられることになる。

モウリーニョがかつて住んでいたシッチェスの家に、イングランド系のトラックがやってきて引っ越しをしていたという噂。シッチェスにあるイングランド系スクールに彼の息子の入学手続きがすでにおこなわれているという噂。どちらも本当であることを願うと共に、もし彼がダメならクーマンが良い。1にモウリーニョ、2、3がなくて4にクーマン、そして5も6もなくて7ぐらいにペップ。モウリーニョかペップかという一つの問題を理想的に解明するなら、モウリーニョ監督、ペップコーチだ。いっそのこと2人ともとってしまえ!

■ついでにクラシコ
何らかのタイトルを獲得決定したチームにとって優勝後最初となる試合前、対戦相手のチームが優勝チームより先にでて“パシージョ(トンネル)”を両脇に作り、タイトル獲得を讃えることがある。“讃えることがある”としたのは、それが対戦相手チームの義務でも何でもなく、あくまでも一つの慣習に過ぎないからだ。かつてバルサがクラブ史上初のコパ・デ・ヨーロッパを獲得し、その後の最初の試合となったエスパニョール戦で、当時監督だったクレメンテは、その“パシージョ”をすることを拒否したことは今でも覚えている。そして、そういうことは過去にも決して例がないわけではない。

ベルナベウで“パシージョ”を作ることはバルサにとって最大の屈辱行為である。特に各選手、ファンにとってはこれほどの屈辱はない。しかも義務ではないわけだから、中央メディアからの批判など気にせず、そんなことをしなくても良いという意見もある。だが、個人的には是非とも“パシージョ”をやって欲しい。自分なりにイメージした“パシージョ”を構成するメンバーは次のようなものとなる。
両側先頭にラポルタとライカーを配置する。ラポルタの後ろにはチキ、イングラ、ソリアーノと理事会組が列を作り、ライカーの後ろにはエウセビオ、ニースケンス、そしてロナルディーニョ、デコ、マルケスなどを配置すれば良いだろう。マドリディスタにとっても、バルセロニスタにとっても気持ちの良い“パシージョ”だ。

■ライカーバルサの終焉で喪に服す
今週末バレンシア戦と来週末マジョルカとのカンプノウ最終戦。マンチェスターとの試合では見事に“12番目の選手”としての役目を果たしたバルセロニスタが、これらの試合では対戦相手よりも恐ろしい対象となることは間違いない。試合前から監督や選手たちに対して野次や白いハンカチが振られ、そしてラポルタが席に着けば彼に対しての白いハンカチが振られるだろう。だが、そういうスペクタクルとは別として、実質上すでにシーズンが終了してしまった現在、話題となるのは放出選手や加入選手のこととなるのは間違いない。そういう話題に生き甲斐を感じる人々は、カタルーニャの2大パンフレット紙をのぞけば楽しめるだろうし、日本語で読みたければ、そういうことを紹介してくれるバルサビジネスサイトもあるだろう。個人的にも決して嫌いな話題ではないものの、残念ながらそういうことに付き合うほどのエネルギーもモチベーションもゼロ指針に近く、気分的にもライカーバルサの終焉という悲報に落ち込み、抜け殻状態となっている。ここは、多くの喜びを与えてくれた一つの時代の終焉に対し心から敬意を表して喪に服し、しばらくの間は沈黙を守ろう。その沈黙がやぶられるのが来週か、あるいは来シーズン開始前か、はたまた最大の戦犯であるラポルタがクラブから去るまで沈黙状態が続いてしまうか、それは神のみぞ知るところ。

というわけで、とりあえず、アディオス。
今シーズンもこのコーナーに付き合ってくれたバルセロニスタに感謝し、ビスカ・エル・バルサ!


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