2003年
2004年
5月

パッション

バルサ・ローラーホッケーチームのカピタン、ガビー・カイロがバルサ15回目のチャンピオンズ優勝カップを高々と掲げる。アルゼンチンからやって来てもう長いあうだバルサに在籍する彼はカタラン語をほぼネイティーブに使うことができるし、現役選手引退後はバルサ・アマチュアセクションの責任者となることがすでに決まっている。そう、彼は今シーズンをもって現役引退、そして最後のシーズンに再びヨーロッパチャンピオンズ優勝カップを掲げる幸運をつかむことができた。ガビー・カイロ、情熱と同義語の選手だった。

ハンドボールではやはりマシップが国王杯優勝カップを掲げて今シーズン現役引退している。長年にわたりバルサ・ハンドボールのカピタンを務めてきたマシップにとっても今シーズンが最後の年であり、現役引退後は“バルサ基金”内での重要な位置が約束されている。そして監督のリベーラにとってもこれが最後のシーズンであり、彼もまたタイトルを獲得しての引退シーズンを送ることができた。彼は監督辞任後、ハンドボール、ローラーホッケー、そしてバスケというフットボールをのぞいたプロ部門の責任者となる。マシップ、彼もまた情熱という言葉と同義語の熱い心を持った選手だった。

ガッツ・エンリケのカンプノウ最後の試合での観客席の景色は感動的であり、それはグアルディオーラやバケーロなどの最後の試合と同じような感じだった。スビサレッタにも、ゴイコにも、チャッピーにも、サリーナスにも、チキにも、エウセビオにも、アモールにも、そしてセルジにも与えられることのなかったカンプノウサヨナラセレモニー。ガッツには優勝カップが不在だったとは言え、とてつもなく恵まれたサヨナラ風景だ。カピタン・ルイス・エンリケ・ガッツ・マルティネス、当然ながら情熱の固まりの選手だった。

スポーツはパッションと同義語。プレースタイルやその選手のキャラクターがエネルギーとなって発散されて見ている人に伝染してくる。選手から発散される空気が観客席までたどり着き、見ている人が同じ空気を感じることができたときパッションとなる。新たなヒーローとなりつつあるロナルディーニョにしてもスーペル・テクニックだけではなく、あの笑顔と体の動きが観客席をドヤドヤとさせる。その風景がまたいい。

空気の伝わらない宇宙経由のこういうHPがなんだか薄っぺらく思えてきている今日この頃。こういうときにはシエスタをするに限る。そう、こういうときにはとにかくシエスタ。それも期限なしのシエスタ。シーズンも終わったことだし、チキートHPは期限なしのシエスタに数日後には突入。とりあえず、グラシアス・ア・トド!
(04/05/25)


気にくわない話題を二つ

火曜日のエスポーツ紙の見出し。
「国王杯も、チャンピオンズも、そしてリーガも・・・ついに無冠!」
もちろんバルサを皮肉っているわけではなく、マドリに関して言っていること。そう、確かにバルサのシーズン前の目標は“リーグ戦4位以内、何かのタイトルを獲得したら大成功”というミミッチ〜イものであり、一方マドリと言えば“3大タイトル獲得世界一のクラブ”という大風呂敷を広げたものであり、それだからこそ皮肉られてもしょうがない、が、が、何だかバルサが小さく見えてしまうのは気のせいでありましょうか。

ミミッチ〜イ目標も気にくわなければ、高慢に大風呂敷を広げるヤツらも気にくわない。せめて“タイトル獲得可能なものはすべて狙っていこう!”ぐらいのことをシーズン前には言って欲しい。それじゃなければ、はあ、ファンとしてやっていられません。バルサとしてのプライドを汚してはいけません。

そして同じ日のムンド・デポルティーボ紙の見出し。
「ロナルディーニョに特別ボーナスを支払うべきだ!」
それは今シーズンの大活躍を高く評価すべきだという観点から来ているようで、彼の年俸はクラブ内で5番目。上の4人はガスパー江戸っ子政権時代の契約で年俸が決まっている選手だから、いわゆる基本年俸が高い。ところが新政権になってから入ってきた選手は基本年俸が低いかわりに、“効率給”というのか“出来高給”というのか、つまり試合出場数やタイトル獲得数によってボーナスが加わり、好成績を残したシーズンだとかなりの年俸となる仕組み。ガウ〜チョもその例に漏れず、基本年俸は300万ユーロ程度だが、タイトルをとれば500万ユーロあたりまで急上昇する約束となっている。そして200万ユーロという、要するにその最高ボーナス分を大活躍したガウ〜チョに支払うべきだという。

だが、チョイと待ちなさい。そりゃないです。5年連続して、今年もなあ〜んのタイトルもとってないチームですよ、バルサは。リーグ戦後半に度肝を抜く成績を残したからと言って、例えそれがロナルディーニョのおかげだからとしても、ドッピドイ成績を残してくれた前半戦にもロナルディーニョという選手がいたんであります。しかも後半戦に活躍した選手は彼だけではなくまだいるじゃありませんか。バルデス、プジョー、チャビ、コクー、サビオラ、彼らにも、もしガウ〜チョに特別ボーナスを支払うんだったら、彼らにも支払うべきであります。

新政権計算のもとにコネッホの年俸を下げようとしているニュースや、来シーズンの新契約でコクーの年俸問題で揉めているニュースなんか、いや〜、なんかセコイ感じがするバルサ新政権だけれど、それだったらセコイまんまで行くか、あるいはパアーと派手に行くか、どっちかにしましょう。えこひいきはいけません。
(04/05/13)


バレンシアね、バレンシア・・・

カンプノウで一試合、テレビにてあちらでの試合を一試合、90分間の試合を見たのはこの二試合だけだけれど、バレンシアがどういう試合展開をしてきたぐらいは誰にもわかる。鉄壁の守備体系を作り、人数的に常に相手チームより優る中盤を形成し、そこでボールを奪ってからスピードのあるカウンターアタック。そしてリードすれば、さらに中盤を固めて得点の優位さを保ち、機を見てのカウンターアタック。これは別にベニテスが監督になってからの新しいバレンシアスタイルでもなんでもなく、歴史的にこういうチームなのだ。したがって誰もが思っていることをクライフが代弁してくれているけれど、それにはもちろん納得してしまう。
「バレンシアの戦い方をバルサやマドリでやることは不可能だ。」
単純にまとめてしまうとこういうことを言っているクライフ。そう、ああいう戦い方はバルサやマドリでは受け入れられない。

リーグを制覇するキーポイントはシーズンを通じての“安定性”と“チーム内のバランス”がとれていること。バルサには前半はとにかくダメ、後半は素晴らしくも結果がでたという“安定性”はあったものの、そういう安定性ではダメ。マドリの方といえば“チーム内のバランス”がメチャクチャとれていなかった。したがってその両方の要素に優れていたバレンシアがリーグを制覇し、リーグ内で一番強いチームとなったのは致し方ないことだ。

時代が時代だったとは言え、ロブソンが3つのタイトルをとりながら想像を超える批判を受けて監督更迭になったのは、今のようなバレンシアの試合展開を試みたからだ。もしクライフの後釜という時代背景ではなく、例えば今のようにタイトルに見放されている時期であったとしても1年目は大喝采を受ける可能性はあっただろうが2年目も同じようなフットボールをしていたら、やはり批判の対象となっていただろう。

クラブにはそのクラブのカラーというものがある。バルサはもちろん、マドリでもああいうフットボールは生き続けられない。それが良い悪いではなくて、そういうもんだと思うしかない。だからセニョール・ライカーもそこら辺を気を付けなければいけないと思う。是が非でもタイトルが欲しい来シーズンは良しとしよう、でもまだ再来年も監督を務める気でいるなら今のようなロナルディーニョ頼みのフットボールでは相変わらずカンプノウには人がやって来ない。今シーズンどうにか救われたのはロナルディーニョという華があったからだし、シーズンを通じて攻撃するのに苦労するバルサをその華が救ってくれた。攻守のバランスの良さというのが彼のモットーだけれど、バルサはそのバランスの中の“攻撃”というパーセンテージがだいぶ多いということに気がつかなければ。セニョール。
(04/05/11)


お久しぶり〜、モウリーニョさん!

ロブソンがバルサに来たとき、通訳兼コーチとしてオポルトからついてきたのがモウリーニョという人だった。ポルトガル語、スペイン語、そして英語を操るモウリーニョさん。ロブソンが記者会見に出てくるたびに彼もまた必ず隣に座っていたから、そういう意味では通訳としては目立つ存在。時代が時代であっただけにロブソンがどんなに“結果”をだそうが試合内容が納得できないメディアやファンからは厳しい批判が飛び交う1年。嫌らしいメディアはイングランドメディアみたいにプライバシーのことまで触れることもあった。ロブソンはナニの趣味があり、モウリーニョはそのナニ相手じゃないかい、そんなことまで噂のタネとなった時期もあったな。そしてロブソンが1年で消え、やはりスペイン語をしゃべれない鬼監督がやって来たら、ここでも彼は通訳兼コーチになってしまう。とてつもなく便利は人だった。

ベンチでは常に鬼の隣に座り、記者会見席上でも隣にいるモウリーニョ。そのうち通訳は今の人となり、彼はコーチ業専門となる。オポルトでロブソンと何年間か一緒に過ごし、バルサに来て1年間過ごし、そして鬼と3年間一緒に過ごすことになる。そしてバルサを離れるときこんなことを言っていたのを思い出す。
「自分にとってロブソンと鬼のそれぞれ良いところを学んだバルサ時代が終わった。彼らから学んだことを基本に、これから監督として頑張っていこうと思う。」
それ以来、ア・コルーニャ戦まで彼のことは自分の地図の中から消えていた。いや〜、立派な監督になられて、はあ〜、たいしたもんです。ア・コルーニャなんぞという、10年チョイ前までは二部の常連クラブであったところにヨーロッパチャンピオンになられては困ってしまうところでした。何たってうちのクラブも1回しかタイトルとっていないんですから。

ところでオポルトで思い出すのが15年ぐらい前のトヨタカップ。当時は水曜日の昼にやっていたから、こっちでは朝の4時とかいう時間に見た覚えがある。そして朝早く起きてテレビをつけたら、何と国立競技場は真っ白。雪の日の試合でボールはオレンジ色。それだけでも忘れられない試合となったのに、マジェールのヒールキックによるゴールがあったからさらに忘れられない試合だった。そしてあれから15年、元通訳によってオポルトが蘇った。
(04/05/06)


バルサとガウ〜チョ

サンジョルディの日に出版された“ロナルディーニョ自伝”という本をペラペラとめくっている。祖父の時代のことから触れているこの本、まだガウ〜チョが17歳のところまでしか進んでいない。それでも、このアシス家族というのはフットボール文化のない国で生まれ育った人間にとっては想像を超える環境に生きていることがわかる。

彼のお母さんであるミゲリーナは13兄弟姉妹の8番目めの子として生まれている。そして彼女のお母さん、つまりガウ〜チョにとっては祖母となる人は50人の孫と46人の曾孫を見て他界している。ミゲリーナと結婚し自宅のプールで事故死することになるガウ〜チョのお父さんジョアンも、6人兄弟の末っ子としてやはり大家族の一員として生まれている。そしてファミリー・スポーツ・クラブというフットボールクラブの創立者でもある。ファミリー・スポーツ・クラブ、このクラブは驚くことにアシス家系の人間だけで構成するクラブ。つまり構成メンバーはすべてフットボール選手経験をもつ親戚だけで構成されているというもの。しかもチームは一つや二つではない。何チームかで夏休みを利用してミニ大会まで開かれちゃうクラブなのだ。その人たちが全部アシス家の人々、すごい。

アシス家の長男として誕生してくるのが現在のマネージャー役をかってでているロベルト。グレミオの宝石として期待されながら、負傷という不運が重なってヨーロッパの二流クラブを転々としたし、日本でもプレーしたことのある人だ。そしてガウ〜チョにとって、人間的にもフットボール選手としても、最も尊敬する人であるのがロベルトだという。フットボール選手として“大成功”することなく現役引退することになったロベルトにとって、弟に期待すること、それは自分には不可能に終わった世界規模でのスター選手となって欲しいということ。

在籍クラブに対するブラジル選手の、どこまでも美味しそうな言葉を信じるかどうかというくすぐったいテーマはどうでもいいとして、現実的にバルサというクラブがとても居心地いいことは確かなことだと思う。ガウ〜チョにとっての本来のクラブ、つまりブラジル代表が再びフットボール世界に登場するワールドカップは再来年の2006年。弟に最良の形でワールドカップに出場してもらうためのロベルト計画、それは弟ができる限りの爆発を可能とする理想的なクラブでプレーすること。

バルサは彼らにとって理想的なクラブ。ここ何年間か気分的に落ち込み状態にあったクラブ再建の鍵を握る選手とされ、好きなようにプレーさせてくれる監督を持つ選手であり、多くの子供たちには新たなアイドルとしての選手であり、そして何よりもチームそのものが彼のサイズで作られようとしているのが今のバルサ。バルサという、何だかんだ言っても世界的に注目されるクラブでの活躍が彼ら兄弟にとっては必要であり、そしてバルサは彼を必要としている。したがってガウ〜チョの将来は簡単に結論がでる。少なくてもあと2年はバルサにいることになる。これ間違いなし。
(04/05/04)