12月23日 火曜日

■1チャンネル(1.5MB)
我らがカルラス・プジョーが、“あの日”のベッケンバウアーへと変身。

■2チャンネル(1.0MB)
別れた妻と子供を訪ねて三千里、男アンデルソン旅立ちます。バイバイ!

■3チャンネル(1.0MB)
どんなに不条理な理由であれ、一度ルストゥにチャンスを与えたのだからこの程度のミスでガタガタ言ってはいけない。

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アディオス、アンデルソン!

カンプノウ9試合で獲得したポイントはわずかに10ポイント。逆の言い方をすればすでに17ポイントも失ってしまい、新たな否定的な記録作りに精を出すフラン・ライカー・バルサ。しかも試合前に登場した多くのサンタクロースに感化されてか、ルストゥまで相手チームに豪華なプレゼントを与えてしまった。2ポイントを失い、ガブリ、レイジゲルなどを負傷で失ったバルサの中で、それでも一人だけ大きなプレゼントを確保した選手がいる。パトリック・アンデルソン、彼にとって最後となるこの試合でスタメンとして出場する名誉を与えられた。
「試合前にはこれが自分にとってバルサ選手としての最後の試合になることがわかっていた。この記念すべき試合に勝利を飾れなかったのは残念だけれど、一生の思い出になる試合だった。バルサを構成するすべての人々にありがとうと言いたい。ブラウグラーナ、これが自分にとってのチームカラーとなって国に帰ることができる。ありがとう、バルセロニスタ!」

クラブ理事会のメンバーにしてもスタッフ・テクニコのメンバーにしても、これがアンデルソンの最後の試合となることはすでに試合前に了解していたことだ。だが正式発表は試合前におこなわれなかった。それはアンデルソンの強い要望、つまり自分の口から最後の発表をしたいという要望を受け入れたからだ。その発表は試合後のTV3のインタビュー番組の中でおこなわれることになった。
「自分にとって一番大切なものはお金ではなく家族。」
そう言いきる彼は昨年、バルセロナで離婚の手続きをしなければならなかった。したがって元奥さんと二人の子供たちはスエーデンに帰っている。離婚以来、彼は一人住まいでバルセロナにいたのだ。
「契約が切れる来年の6月末までいれば確かに収入は得られるだろう。だがバルサというクラブでは自分にとってもう将来がないことも確かなこと。自分がまだフットボール選手としてプレーするにしても、これからのクラブはまだ決まっていないんだ。でもそんなことはどうでもいい。家族の側にいることが大事なことだから。」

パトリック・アンデルソンは2001年の夏に、ヨーロッパチャンピオン選手としてバルサに入団してきている。だが彼にとって、そして彼に全幅の信頼をおいたカルラス・レシャックにとって、非常に残念だったのは故障が多かったことだ。バルサに在籍中に2回の手術をおこなうというハンディを背負い、彼はその度に再出発を目指さなければならなかった。それでも決してバルサに来たことを後悔していないと語るアンデルソン。
「1年目に19試合、2年目には7試合プレーした。それが自分にとって最も大事なことさ。憧れだったバルサに入団し、バルサのユニフォームを着てプレーすることができたこと、そのことに大きな誇りを感じている。ありがとう、バルサ、そしてビスカ・バルサ!」