生まれる前からセビジスタ(2002年7月29日)
10万ソシオを誇るバルサは、もうこれ以上ソシオを増やせないということですが、他のクラブは毎年ソシオ獲得に画策しています。昨年はエスパニョールのソシオ獲得のためにつくったCMが問題になったことがありましたが、今年のCM話題作はセビージャのもの。 主役はセビージャのかつてのキーパー、モンチ。病院の検査がから帰ってきたお腹の大きい奥さんに「どうっだった?」と心配そうに訪ねる未来の父親の役柄。病院で撮影したエコグラフィーのビデオを差し出す奥さん。TVに映し出されるビデオの映像を食い入るように見るモンチ。すると、赤ん坊の映像の横に「SEVILLISTA」と文字があらわれる。ホッとするモンチ、というスポット。さてどのくらいの効果があるか、このCM。 |
プレステージ参加のカンテラたち(2002年7月26日)
今シーズンは、7人のカンテラが1部の練習に参加、そしてその結果、スイスで行われるステージにはモッタ、ビクトール、ナバーロの3人が同行しています。もしアンダー19の大会がなければイニエスタも加わって4人となるはずでした。 もちろんこのステージへの参加が1部でのプレーを約束してくるわけではありませんし、ステージに参加しなかった多くのカンテラたちが、シーズン途中から1部にあがって来たことも事実。たとえば、昨シーズン活躍したモッタはプレステージには呼ばれていませんでした。昨シーズンに関していえば、モッタどころか、カンテラは1人も呼ばれません。昨シーズンは1部登録選手が多すぎたり、CLの3次予備選が間近でカンテラを試している余裕がないなどいろいろな事情があったこともたしかですが、それはクライフが監督としてバルサに来てから初めてのことでした。 1990年からこのプレステージのキャンプに呼ばれたカンテラにはこんな選手たちがいます。 1990年 3人 2002年 3人(1人) |
プレゼンテーション落ち穂拾い(2002年7月23日)
・プレゼンテーション始まりは、選手が一人ずつ名前を呼ばれてグラウンドに飛び出していく。そしてそれはちょっとした紹介をつけて。例えば「オーケストラの指揮者、チャビ」、「オランダ人で多彩な能力、コクー」など。 ・そして「疾風のようなサンバ、ジェオバンニ」と呼ばれて通路からグラウンドに飛び出していくジェオ。緊張したのかグラウンドへ上がる最後の段につまずき、転びそうに。2年目になるジェオだけど、いまでもスレていないところがいい。 ・ムンド紙計測によると、グラウンドに出ていくときの拍手の多かった順番は、 ・選手紹介で飛び出したオーベルマルスとアンデルソンは、練習試合には不参加。それでもアンデルソンはみんなと離れてだがグラウンドで一人練習。 ・練習試合には参加していたサンタマリアだが、今シーズンバルサには残らないことが決まっているため、選手紹介の時は呼ばれなかった。 ・まずはランニングから始まり、グラウンドを1まわり狭くしての10人対抗のミニ試合。結果は1(コクー)-1(モッタ)。次は、半分のグラウンドで当日から参加した選手を抜かして7人対抗のミニ試合。ここではダニがエンケ相手に4ゴール。サビオラもレイジゲルをかわしてのバセリーナ(ループシュート)。プジョーもいつものガッツで拍手を誘う。 ・リケルメ、デ・ボエル、クルイベルの3人は、帰りぎわに着ていたユニフォームを脱いで客席に投げ入れた。 ・コーチングスタッフの着ているジャージには、「GENT DEL BARCA」の広告。これはこの9月から新たにスタートする、バルサのシンパティサンテ(シンパ)カードの宣伝。 「垂れ幕特集」 ・バンガールに関しては「バンガール、いつまでも」「2度目はいつだってよくないというが、歴史を変えようじゃないか」という肯定的なものが多く、否定的なものはガスパーとからませて少しだけ。 ・ガスパーには否定的なものが目立つ。「アムニケを会長に!」という垂れ幕は、ガスパー以外なら誰でもいいぞという意味か。 ・このほか、リケルメ歓迎のものが一番多く、セルジ、アベラルドへのさようなら、そしてプジョーはやはり人気者。 |
励みになるか・・・な?(2002年7月20日)
100年もの歴史があるクラブは、選手ロッカーにも歴史がある。サビオラのロッカーはマラドーナが、リケルメのロッカーはロナルドがそれぞれの選手時代に使っていたという話題はメディアなどで今までにも取りあげられていましたが、これからは、ロッカーにそれまで使用していた選手名を刻んだプレートをつけることに決定。それにより、新しく入った選手たちの励みにもなるのでは、という意図でしょうか。付けられる名前は70年代から現在まで在籍した選手たち。 さて、最新加入選手リケルメのロッカーはロナルドの前にはアルナウが、そして昨シーズンはココが使っていたもの。サビオラは大物ばかりで、マラドーナ、アーチバル、グアルディオーラ。それではクライフが選手の時使っていたロッカーは? クライフの後、ミゲーリ、カラスコ、シュステル、ラウドルップ、コドロと続いて、今はコクーのもの。他に大物選手の予感をさせるのはジェラール。彼のロッカーは、ピッチアロンソの次にロマリオがそしてフィーゴが使っていたところ。 サビオラは、自分に与えられたロッカーはかつてマラドーナが使っていたと教えられ、大喜びしたそうですが、果たして全選手がそれを知って喜ぶかどうかは何とも言えないところ。例えばエンケのロッカーに貼られるプレートには、ボガルデ、リトマネン、アルフォンソの名前が刻まれている・・・・エンケ、頑張れ、頑張るんだ! 歴史は繰り返すだけじゃなく、作ることもできるんだ! |
厳しい道のり(2002年7月17日)
「この男性社会のなかで道を切り開いていくのはほとんど不可能」と、引退宣言をしたのはカロリーナ・ドメネッチ、26歳。それでなくとも女性審判の数が少ないスペインフットボール界で、その数がまた一人減ることになったと思われたのは先週のこと。 現在女性審判は、1部にはもちろん、2部Aにも1人もいません。2部Bに唯一いたのが、このカロリーナ。女性審判としてはスペインフットボール界で最高地位にいたわけです。しかも彼女は、1999年には1部のコルーニャ-エスパニョール戦に第4審判として、今年の1月に行われたR.マドリ-At.マドリの親善試合には主審をつとめています。3年間2部Bで主審をつとめ、今シーズンは2部Aへの昇格を狙っていましたが、結果は2部B残留。そこででた審判会への批判と引退宣言でした。しかし、先日「熟慮した結果、私が2部Aにあがれなかったのは、私よりそれにふさわしい審判がいたからで、私が女性だからではないと思うにいたった」と引退宣言を撤回。また今シーズンも2部Bで主審をつとめ、来シーズンの昇格を狙うということで決着をみました。 それにしても女性審判は少なく、たったの250人。総審判数が10,225人ですから、実に少ない割合。話題のカロリーナが2部Bのほか、4人が3部リーグに在籍するだけで、残りはすべてその下のカテゴリー。なお3人は主審として4人は線審としてインターナショナルの資格を持っています。その3人うちの1人、リタ・ルイスは、昨年6月に行われた女子ヨーロッパカップ決勝戦の審判も務めてるにもかかわらず、その実績はまったく考慮に入れてもらえず、スペインでは3部リーグどまり。 また、彼女たちは男性社会で働く女性であるがために、審判が普通耐えなければならない様々な事柄プラス、別の重圧にも耐えていかなければなりません。性差別的ヤジはその一つ。しかし、乗り越えなければならない厳しい壁は、もっと根本的な所にもあります。それは体力テスト。この体力テストには男女の別はなく基準は一律。3部の審判ネグリンは体力テストをパスできないために2部Bに昇格できない一人。 この上のカテゴリーでの女性審判の少なさはイタリアやドイツでも同じ傾向が見られます。一方、フランス、スウェーデン、スイスでは線審としては1部リーグに存在しますが、主審はやはりまだ。世界的な大会では、1996年のアトランタのオリンピックのスペイン戦で線審をメキシコ人女性がつとめていました。 これらの多くの傷害を越えて、いつになったら、あるいはいつかは、1部リーグで女性の審判を見られるときが来るのでしょうか。 |
夏休み終了、練習開始(2002年7月16日)
6月23日練習開始と一番早かったのは、すでにインテルトットの試合を2試合こなしているビジャレアル。バルサは10日から練習が始まりましたが、それは1部では早いほう。先週までに夏休みが終わっていたのは8チーム。それして昨日15日には残りの12チーム中8チームが練習開始。18日のAT.マドリとオサスナを最後にすべてのチームが新シーズンにに向けて調整を開始します。 練習開始日 |
02-03シーズン予定表(2002年7月12日)
今日の午後、02-03リーグ戦の組合せ抽選が行われました。バルサの第1戦は地元カンプノウでアトレティコと対戦になります。 リーグは9月1日に開始され、6月22日に終了。今シーズンのリーグ戦は週末だけで、例年のように週中に予定されている節はありません。またユーロの予選試合のため、週末4回(9月8日、10月13日、3月30日、6月8日)はリーグがお休みになります。 国王杯は、1部チームが参加する1/32と1/16は、例年通り1回のみで9月11日、と10月9日に、決勝戦はリーグが終わった1週間後の6月28日に行われます。ちなみにチャンピオンズリーグの決勝戦は5月29日。 詳しいバルサの試合日程表は、DATA欄の「バルサ日程表」、リーグ日程表は「全チーム試合日程・結果表」を近日中にアップしますのでそちらをご覧下さい。 |
弟たちのたまり場、2部B(2002年7月11日)
バルサ弟(B)は、昨シーズン、2部Bリーグをグループ1位と抜けるものの、プレイオフで敗れ今シーズンも2部B残留になっている。マドリBもグループでダントツ1位だったにもかかわらず、プレイオフで同じく敗れ残留。このほか、バレンシアB、エスパニョールBもプレイオフで敗れ2部B残留組。今シーズン、2部Aには、どこ一つ弟チームの顔が見られません。が、その変わり、2部Bにはなんと半分以上の13チームが1部にお兄さんを持つ弟たちがひしめき合っています。 2部Bには4グループ各20チームで構成されますが、グループ別に見ていくと、まずグループ1には、マドリとセルタ、そして今シーズン1部に返り咲いた兄を持つアトレティコの3チーム。弟チームが一番多いのはグループ2で、アスレティク、アラベス、オサスナ、そしてお兄さんが1部に上がると同時に3部から上がってきたラーシング。このほか、お兄さんが2部落ちしたため、先シーズンはプレイオフ参加権を放棄させられたサラゴサもいます。バルサがいるのはグループ3で、他にバレンシア、エスパニョール、マヨルカの4チーム。最後のグループ4には、セビリア、ベティスと兄弟そろって熾烈なダービー戦が期待されます。 デポルティーボ、マラガ、ラーヨ、ソシエダ、レクレアティーボの弟たちは3部リーグ。このうちソシエダは昨シーズン、バルサBと同じグループで戦っていましたが、今シーズンは3部落ちになっています。 バルサ弟、来シーズンこそはここを抜けだし、お兄さんに一歩近づくんだよ! |
何でも1番はいいなぁ(2002年7月8日)
ちょっと遅れてワールドカップがらみの話題。リバルド・ブラジルが優勝して、これで、バルサ在籍選手の優勝はロマリオに次いで2回目。そして、ロナルドが得点王になって、ワールドカップ得点王選手4人(在籍時は問わない)をもつバルサは、世界のクラブでトップ。 4人とは、1954年に11ゴールで得点王となったハンガリー人のサンドール・コシス、86年のガーリー・リネッカーは6ゴール。同じく6ゴールは94年のリスト・ストイチコフ。そして、今大会ロナルドの8ゴール。 この記録、1年や2年じゃ敗れない・・・とは次が4年後なので当たり前。しかし、4年たっても破られる心配はない。というのも続く記録は2人というものだけだから。8年でかろうじてバルサにタイになれる可能性のあるこの2人の得点王を擁するクラブは4つ。 1つは同じスペインのバレンシア。78年に6ゴールで得点王になったケンペスと、94年に6ゴールでストイチコフと分けたロシア人のサレンコを擁します。イタリアには2チーム、ユベントスとインテル。90年に6ゴールで得点王となったイタリア人スキラッチはこの2つのチームに所属。そしてユベントスのもう一人は82年のロッシー(6ゴール)。インテルのもう一人は言わずと知れた今回得点王のロナルド。残りの1つは、海を渡って、バスコ・ダ・ガマ。38年のに8ゴールを決めたレオニーダスと、50年に9ゴールで得点王のアデミール。 8年たったら追いつかれるんじゃなくて、バルサダントツの6人になっている可能性も? |
やっぱりお家が一番(2002年7月7日)
まだほとんどのチームはバケーション中ですが、中には練習開始しているチームもあります。特にビジャレアルは、UEFAカップのインテルトットの試合がすでに昨日(6日)行われたため、移籍したレイナなどはすぐに練習に入っていました。また、マラガも1日には練習が開始されています。 プレステージでは、1週間から10日間ほどキャンプをはるのが普通です。今シーズン唯一バジャドリがキャンプをはらず、地元で普通に練習。その他の19チームは家を離れて合宿生活。そしてその合宿地、数年前は外国で行うのが流行でした。たとえ国内で行ったにせよ、それは北の涼しい地方で、というのが一般的。しかし、今年は、20チーム中9チームのみが外国。合宿先はオーストリアの地が人気で、マヨルカ、マドリ、ソシエダ、マラガの計4チーム。4年前には大人気だったオランダは、バレンシア1チームだけと落ち目(?)。バルサは昨年と同じスイス。北イタリアでセルタ、フランスでアラベス、そしてイングランドにはアスレティクとアラベス(フランスのあと)のほか、キャンプではありませんが、バルサとエスパニョールが親善試合で足を踏み入れます。 一方人気がでてきた国内に残る11チーム。うちバジャドリは前記のとおり、キャンプなしで地元を一歩も動かず。残り10チームは、国内でも地元に近いところで行う傾向。それが顕著なのは、アンダルシアのチーム。マラガを抜かした残り3チーム(ベティス、セビリア、レクレアティーボ)は、国内というだけでなく、暑い暑いアンダルシアの地を離れません。他のチームにしてもラーヨ、アトレティコがこれも暑いお隣のセゴビア近辺。エスパニョールはやはりカタルーニャのジローナ。デポルティーボ、ラーシング、ビジャレアル、オサスナもそれぞれご近所で。 この傾向はなんと言っても、昨今のフットボール界の経営危機に原因があると思われ、少しでも出費を抑えようとする傾向。「やっぱりお家が一番おちつくわ」、というのは、お金のないものの負け惜しみ? |
ソシオ数も増加(2002年7月5日)
3年連続無冠という、このところちょっと冴えないバルサですが、それでのファンは増えています。現在のバルサのソシオ数は、105,706人。前年度より約千人増え、バルサ史上最多数のソシオ数を達成。このうち会長選挙権をもつ、成人で1年以上の会員は90,105人。この総数だけでも十分誇れる事ですが、もう一つ、そのうちの4分の1の約25,000人が女性であるというのは、他のクラブでは見られないものです。 年間シートを持つアボノと呼ばれる会員は93,000人。カンプノウで売られる席数は全部で96,000席ですが、そうのち3,000席は、ペニャー、相手チームへのファン、一般客用に確保されているので、アボノ席としては93,000になってしまいます。 |
黒字の昨シーズン(2002年7月4日)
一昨日開かれた総理事会で、昨シーズンの決算と来シーズンの予算が承認されました。この発表によると、昨シーズンの決算は、 収入 194,507,000ユーロ で、約700万ユーロの黒字決算となりました。なお、昨シーズン当初の予算は154,220,000ユーロなので、支出は予定よりも増えたものの、収入も増えたため黒字となています。 02-03シーズンの予算は、昨シーズンの10%増し(実質は8%減)の170,732,000ユーロ。なお、これらは、7月22日に開かれる会員総会にかけられ、承認を受けることになります。 |
アディオス、ブエナスエルテ、カピタン!(2002年7月2日)
00-01のシーズン、バルサのカピタンは、グアルディオーラ、セルジ、アベラルド、ルイス・エンリケの4人だった。そのシーズンを最後に第1キャプテンのグアルディオーラがイタリアへ旅立った。そして、01-02のシーズンを終えて、セルジ、アベラルドもバルサを去ることになった。 ■カピタン・セルジのバルサでの足跡 SERGI BARJUAN ESCLUSA デビュー 1993年11月24日 ■カピタン・アベラルドのバルサでの足跡 ABELARDO FERNADEZ ANTUN~A デビュー 1994年8月27日 |
リーグ開始まであと2か月(2002年7月1日)
チキートHPのシーズンオフは終わりましたが、バルサの選手のお休みはあと10日ほど続きます。7月10日から、ワールドカップに出場しなかった選手たちの練習開始。それは14日(日曜日)にお休みをはさむでけで、午前と午後の練習が20日まで続きます。そしていよいよ22日からはワールドカップ参加選手たちも勢揃いし、02-03のプレゼンテーションがカンプノウで催されます。そして次の日の23日から30日までは、昨年と同じく、スイスでキャンプを。そこでは3つの親善試合が予定されています。 一旦はバルセロナに戻るバルサですが、すぐにオランダに向けて出発。そこでは、パルマとアジャックスとの試合が組まれています。そして、そのまま、イングランドに飛び、7日にニューカッスルとの親善試合後、バルセロナに戻ります。 本番が始まるのは、それから1週間後、13日・14日に、チャンピオンズリーグの予備戦の第1戦。その後、23日にガンペル杯をへて、27日・28日に予備戦の第2戦がカンプノウで。そしていよいよ9月1日からはリーグの始まりとなります。 今年こそは、タイトル総なめ、圧勝バルサを期待! 詳細日程は、今月のバルサをご覧下さい。 |