試合終わって、落ち穂拾い(2003年4月28日)

●バルサ−ソシエダ●(リーグ)

・この試合でコクーは、2月26日のインテル戦で負傷して以来、しかもいきなりのスタメン復帰となった。

・この試合でアンデルソンは、バルサの選手として25試合目。うち19試合は先シーズンのもので、今シーズンはようやく6試合目。

・この試合でクルービーとサビオラがそれぞれゴールを決めたが、前回2人のゴールが同時に見られた試合は、2002年4月27日のビジャレアル-バルサ戦。まさしく1年ぶりの出来事だった。

・ビクトールのリーグ出場は、昨年の10月20日のバジャドリ戦以来、約半年ぶり。

・前半猛攻撃を見せ、2ゴールを決めたバルサだが、後半は枠内にいったシュートは1本もナシ。

・ソシエダのゴールは、バルサ選手に触って多少コースが変わったものの、フリーキックからの直接ゴール。このFKゴールは、今シーズン初。

・2点目のクルイベルのゴールは、ガブリがボールを奪ってから、なんと1分13秒間もバルサがボールをキープしてからのもの。キーパーのビクトールを除く10人すべての選手たちで23回のパスの末うまれたゴール。

・4月の試合数は、リーグ4試合、CL2試の計6試合。そして4月最後のこの試合が唯一の勝利となった。トータル、1勝3敗2分け。

・この勝利により、順位こそ12位と変化はないが、UEFA圏内まで2ポイントとせまった。しかし、残り7試合(21ポイント)となり、1位と24ポイント差のバルサには優勝の可能性が100万分の1から0となった。

・観客席にはアンティックの代理人の顔。もっとも、彼はバスク人で、しかもソシエダファン。どちらを応援したのだろうか。

スポーツ選手の苦しい生活(2003年4月25日)

豪邸に住んで、ブランド品で身を固め、高級スポーツカーを乗りまわし、・・・これがすべてのフットボール選手の生活とは思わないまでも、一般庶民よりはずっと収入もよくみんな優雅な生活をしていると思われるでしょう。彼らの収入はクラブからの給料のほかにも、有名選手にはスポーツメーカーからもイメージ契約料が入ります。

しかし、それは1部リーグの選手ならではの話。フットボールバブルがはじけ、優良経営だったバルサも危機を噂されるくらいですから、2部3部のクラブの経営は苦しく、そこに所属する選手たちの生活は悲惨なもの。

ログローニェス
ログローニェスの経営難は今に始まったことではない。2000年8月には、給料未払いのため、3部降格となり、翌年1月には、4か月給料未払いに抗議して、選手達はスタジアムに4日間立てこもった。選手達のなかには、家賃を払えずアパートを追い出されるもの、食べるにも困るものすら出ていた。金がないためファンの経営するカフェで、朝食を食べさせてもらっているものもいる。また試合のある日曜日には、スタジアムに来たファンの人々から寄付がなされ、その金を、共同で借りたアパートの家賃の支払いに充てたりしなければならなかった。中には果物や肉などの食料品までめぐんでもらうような辛い生活を強いられているものもいた。その後も状況は変わらず、次の4か月も給料は払われず、とうとう選手達は、試合のために遠征に行くことを拒否するまでになっている。

コンポステーラ
クラブ名は変わっても状況はログローニェスと変わらない。選手たちへの8か月の給料未払い、従業員へは11か月の未払い。従業員の何人かはグラブを訴え、残りはは耐えきれずにやめていった。緊迫したこの状況で、会員有志により4500ユーロが集められ、一番生活に苦しんでいる6人の従業員たちに分け与えられた。選手達は貯金を食い潰していくしかなく、子供の幼稚園の月謝も払えない。そしてその貯金も底をついてきている。

スポルティング・デ・ヒホン
上記2クラブほどではないにしても、先シーズンの給料の一部未払いはやはり選手の家計を圧迫している。昨年の10月には全額払うという約束は守られなかった。そして今年の3月にはという言葉も守られなかった。選手の中には両親に生活費の援助を頼まなければならないものもいる。

オビエド
現在2部Aの最下位を占めるこオビエドの選手たちは、ここ2か月給料を受け取っていない。

サラマンカ
5人の選手の肖像権未払いで訴えられており、支払い命令の判決が最近おりた。

ラス・パルマス
選手・従業員の給料2か月分未払い。そして次の試合の遠征費(9000ユーロ)がない。従業員はストライキに入った。

以上はかなりひどい状況にあるクラブのはなしですが、このほかのクラブも決して余裕があるわけではありません。そしてこのような状況はフットボールクラブの問題だけではありません。バスケット、ハンドボールなどのクラブはヨーロッパの大会に進出するようなところでさえ給料の未払い・遅延がおこっています。プロスポーツ界の貧富の差も一般社会と変わらないようです。

試合終わって、落ち穂拾い(2003年4月23日)

●バルサ−ユベントス●(CL)

・カンプノウを埋めたのは92,711人。バックスタンドには久々に「フォルサ・バルサ」の文字モザイクが見られた。

・カンプノウを埋め尽くした観客のなかにはイタリアから駆けつけた3000人のティフォシも姿。最後に盛り上がったのは彼らとなった。

・カンプノウにはカメラマンや解説者を含め、この試合の取材に22か国から総勢618人のジャーナリストが集まった。

・フリーキックのとき、エリア内で小競り合いするモッタとタキナディを諫めによってきた審判。その審判と二言三言かわしたモッタは、審判のホッペにキッス。「別にたいした事してないから、カードは出さないでね」・・・ということ?

・それでもカードは1枚もらってしまっているモッタ。これで2枚目となり、来シーズン、ヨーロッパの大会の第1試合目は欠場決定。なんの試合になるのかな?

・ユベントスは、カンプノウでは1970−71のコパ・デ・フェリアでバルサに1−2で勝って以来、32年ぶりの勝利。そしてその勝利はまたもや1−2。

・観客席には、先週から開催されている国際テニス大会に参加している25人のテニス選手の顔。そして2人、マンチェスターからの偵察者。

・90分が精一杯だったレイジゲル、また肩を脱臼したチャビ、そして軽い負傷のルイス・エンリケとプジョー、この4人が週末のソシエダ戦に向けて危ぶまれる選手たち。

試合終わって、落ち穂拾い(2003年4月20日)

●マドリ−バルサ戦●(リーグ クラシコ)

・この試合、600人のジャーナリストが世界中から集まった。それは昨シーズンの534人を上回る。そして30か国以上で放送された。

・最近はダフ屋行為もインターネット上が流行。30ユーロのチケットが150ユーロで取り引きされている、という噂だったが、試合前には本物ダフ屋は、300ユーロで売っていたそうだ。人件費が高いのかな。

・マドリからバルサに割り当てられたチケットは350枚。そして325人が、はるばるバルサを応援にベルナベウに駆けつけた。

・我らがカピタン、ガッツ・エンリケ、リーグスタメン出場は昨年の10月26日アラベス戦以来、そしてゴールは3月2日のオサスナ戦以来。

・我らがカピタン、ガッツ・エンリケ、バルサユニを着てのベルナペウで2ゴール目。それはクライフやレシャック、サリーナスやアモールと並ぶ。そしてこれを越えるのは3ゴール決めているサルドゥア、リバルド、アセンシ。

・気合いの入ったバルサの選手を止めるのに、マドリに残された手段はファールしかない。ということで、バルサの15ファールに対し、マドリは2倍の30ファール。それでも87分まで1人も欠けず11人でプレーできたマドリ、だれのおかげ?

・試合後のインタビューで、シダーンのひじ鉄についてを聞かれたプジョーの言。「左の頬に入ったんだよね。いやぁ、よかったよ、前にケガした右じゃなくって」・・・それだけ?

・アンティック、ベルナベウでビジターの監督としてはこの試合が9試合目。そしてポイントを獲ったのは、93−94のオビエド(0−1)、97−98のAT.マドリ(1−1)に続いて3試合目。

・メンディエタはカードが5枚たまったため、ソシエダ戦はお休み。

「週刊三面」(2003年4月16日)

●男は許さ〜ん!
フットボールのグラウンドではストリーキングが時々見られる。そしてイングランドではそれに対する刑罰がこのほど改正された。グラウンドをハダカで駆け回る輩は最高2年の刑! しか〜し、もしそれが女性なら罰金だけで許すそうだ。どうして? どうして?

●プジョーは得点王
プジョーといっても、これはプチと呼ばれるプジョーの兄弟の話。レヒョナル1部(3部リーグの下カテゴリー)でデランテーロとしてプレーしている彼は、今シーズン30ゴールをあげ、カタルーニャのこのカテゴリーでは得点王。

●神父は喰わねど・・・
今週末はセマナ・サンタ(イースター)。これにちなんでセマナ・サンタ杯が14チームで戦われる。といっても参加するチームは、神父様たちのチーム。四旬節の約40日間を野菜だけで過ごした彼らが90分走り回れるかどうかが、観戦のポイントとか。

●laudrupvinでお買い物
ラウドルップはスペインでプレーしていた頃から、スペインワインの輸出業に手を染めていた。日本にはプレーするためでなく、ワインの販売のために行ったという口の悪い人もいるくらい。現在もデンマークでスペインの食料品の販売を手がけているが、このほど、インターネット販売も始めたそうだ。気になる人は覗いてみよう。
  「www.laudrupvin.dk」

●もっと、もっと、もっとクレー!
もう数か月前から、クルイベルのシューズは真っ黒に塗り潰されているが、それはアディダスとの契約金交渉がまとまらないため。アディダスは現在90万ユーロを支払っているが、クルイベルはもっと欲しい。現在一番高額の契約金を取っているのはベッカムの160万ユーロ。ナイキ契約のロナルドは140万ユーロ。もっとも、ミズノと契約しているリバルドは40万ユーロ。さて、クルイベルはいったいいくらで手を打つか。

●負傷原因は?
ジローナ対マンレッサの試合後、といってもこれはバスケットのお話。マンレッサの監督は、選手控え室で指の骨を折ったということで、試合後の記者会見場に姿を現さなかった。試合に負けた悔しさから、壁を思いっきり拳でたたいて指の骨を折ったとともっぱらの噂。心も体も痛い敗戦だった。

試合終わって、落ち穂拾い(2003年4月13日)

●バルサ−デポルティーボ戦●(リーグ)

・試合開始前、先日亡くなった2人の元バルサ選手、ビンセンス・フォント氏とセラー・オスコス氏の冥福を祈って黙とう。

・この試合でデビューしたのは、グランドを囲む1階観客席の電光掲示板広告。カンプノウでのこのチカチカ光る広告は初めて。

・チャビがスタメンから外れたのは、昨シーズンのビルバオ戦(2002年4月6日)以来、2年ぶりのこと。

・カンプノウでの敗北は、アンティック監督、レイナ会長にとって初めて。

・ペレス・ブルール審判とバルサの相性は悪い。8試合で、バルサは1勝3敗4分け。

・ペレス・ブルール審判、この試合で各チーム2枚ずつ計4枚のイエローカードをだした。そしてそれは同じ選手に2枚ずつで、両チームともその選手が退場になるという珍しい現象。

・リーグ29節終了して、カンプノウ14試合で、6勝3敗5分け。獲得したのは42ポイント中23ポイントのみ。これは87−88のシーズンの6敗3分けに次ぐワースト記録。ただし、そのシーズンは国王杯に優勝し、翌年のヨーロッパではレコパに出場している。さて、今シーズンはなんに優勝かな?

・イルエッタ監督、試合後の記者会見で、来週のベルナベウでのクラシコは、クレーになってバルサを応援したいと発言。どーも、どーも。

バルサ博物館、4年連続1位(2003年4月12日)

2002年、バルサ博物館を訪れた人は1,168,053人。その数はカタルーニャの美術館・博物館のなかでは第1位。そしてそれは4年連続記録となります。またスペイン全国では、プラド美術館、レイナソフィア美術館に次いで3位の地位を占めます。ちなみに10位までののうち7つがカタルーニャで占めています。

 1位 1,732,000人  プラド美術館(マドリッド)
 2位 1,507,684人  レイナソフィア美術館(マドリッド)
 3位 1,168,053人  バルサ博物館(バルセロナ)
 4位 1,027,836人  ピカソ美術館(バルセロナ)
 5位   836,378人  カイシャ・フォーラム(バルセロナ)
 6位   816,133人  ダリ美術館(フィゲーラス)
 7位   675,000人  ティッセン美術館(マドリッド)
 8位   506,353人  カタルーニャ美術館(バルセロナ)
 9位   498,207人  ミロ美術館(バルセロナ)
10人   439,766人  ペドレラ(バルセロナ)

1984年につくられたこの博物館の正式名称は「El Museo FC Barcelona President Nun~ez」、18年間で3度の拡張工事を通じて現在では3,500平方メートル。そして昨年の11月には入場者数1、000万人を突破しました。また、入場者数は年々増加しており、2002年は2001年(1,161.038人)より約7,000人増えています。また、2001年の夏から始められたカンプノウツアー(バルサ博物館入場も含まれる)参加者数も好調に伸びており、現在までに225,183人がこのツアーに参加しています。昨年7月には、188,939人が博物館を訪れ、そのうちの2割強の40,795人がこのツアーにも参加しています。

試合終わって、落ち穂拾い(2003年4月10日)

●ユベントス−バルサ戦●(CL)

・ユーロバルサは未だ負けない。これにより13勝2分け。目指せ、17勝2分け!

・ユーロバルサは昨年の12月11日ニューキャッスル戦23分にゴールを許して以来無失点を続けていたが、5試合目のこの試合で、無失点記録はいったん中断された。

・この試合よりマスクマン・プジョーは姿を消し、スーパープジョーに戻った。

・この試合でイエローカードをもらったのは、ガブリ、クルービー、モッタの3人。ガブリは2枚目となり、次のバルサ・ユベントス戦には出場できない。

・この試合に呼ばれなかったエンケ、昨夜はかつてのバルサの監督ラテェク(ドイツ人)とともに、ドイツTVで試合のコメンテーターとして活躍。

・82分、我らがカピタン、ルイス・エンリケが再び負傷から復帰してきた。3月8日バジャドリ戦で負傷して以来、1か月ぶり。

・デレ・アルピに押しかけた熱烈バルサファンは700人。うち350人は飛行機で、残りはバスや自家用車で長い道のりを往復。

・デレ・アルピに押しかけた熱烈バルサファンの一人、元会長ガスパー。彼は現会長レイナや他の理事達と一緒の飛行機で、一緒の貴賓席で観戦。その他にも次期会長候補に名乗りを上げている輩も何人か顔をならべていた。

試合終わって、落ち穂拾い(2003年4月6日)

●ビジャレアル−バルサ戦●(リーグ)

・この試合、プジョーはバルサ選手としてリーグ戦100試合目。それもカピタンマークをつけての試合となった。

・マドリガルのスタジアムは満員御礼。当日若干のチケットを残すのみだったが、それもバルサに割り当てられたチケットを、バルサ側が返却したため。

・マドリガルのスタジアムはクルイベルにとっては、縁起のいいところ。今まで3回プレーして、3試合ともゴールを決めていた。しかし、この試合ノーゴールでそのツキも消えた。

・ソリンはこれでペナルティーを取られるのは2回目。カンプノウデビューのビルバオ戦で1回目を記録している。

・今シーズン、バルサの選手が退場になったのはこれで5回目。

・デボエルの負傷のため途中交代で入ったアンデルソン。チャンピオンズの試合ですでに負傷後の復帰を果たしていたが、リーグ戦ではこれが初めて。

・この試合を吹いたメンディーナ・カンタレホ審判は、現在カンプノウ閉鎖問題の原因になったバルサ−マドリ戦を吹いた審判。また彼が初めてバルサの試合を吹いたのは1998年11月28日のバルサ−At.マドリ戦。この試合バルサ100周年の記念試合だったが0−1とバルサが負けている。

・2回目のPKをカジェハが蹴るということは、暗黙のうちに選手たちに了解されていた。というのはこの試合数時間前に彼のお母様がなくなっていたためで、カジェハこのゴールを亡き母に捧げることに。

「週刊三面」(2003年4月3 日)

●みそっかすラーヨ
先日行われたAtマドリ対マドリの親善試合。これはAtマドリ創設100周年の行事の皮切りともなっているが、本来はマドリッドの2012年オリンピック開催地立候補への一環をなすもので、1回目はマドリの100周年の行事の一つとしても開催されている。両クラブ100周年にかかっているとはいえ、行事としてはマドリッド市のもの。しかしながらマドリッドのもう一つの1部クラブ、ラーヨにはお呼びがかからず。テラッサ会長は、これは我々ラジスタに対する侮辱、マドリッド市長共々関係者は次の選挙にはこのツケを払うことになるだろうと大憤慨。

●遅刻はしてないけど、僕のおごり
先日29歳の誕生日を迎えたメンディエタ。誕生日を迎えた本人が、みんなに一杯おごるのが、こちらの習慣。でも多くの仲間がナショナルチームの試合でいないため、みんなが帰ってきての金曜日の練習後のスナックパーティーまで延期。このスナックパーティーは、アンティックが来てから恒例になっているもので、いつもはその週に遅刻したりした選手が罰金代わりにおごることになっている。

●トラックにひかれても大丈夫
シネクラブ・チキートにも上映されたプジョーのマスクは特注もので、トラックにひかれても大丈夫、と太鼓判を押すのは、このマスクの制作者、フランシスコ・アシン(36歳)。彼は、手術をしないで直すというプジョーのために、強く丈夫でしかも軽い(200グラム)マスクを作った。フットボール選手のためにはこれが初めてという彼だが、イギリスのラグビー選手には、この手のマスクをよく作っているとのこと。

●FCバルセロナ プレステ版
以前にも何度か取りあげた、英国で開発されているバルサのTVゲーム。発売が遅れに遅れて、どうも今年の秋になりそう。でもメンバーはアップデートされており、選手の中にはソリンも加わり、監督もバンガールからアンティックに変更になっているとか。しかし、この秋になるとまた変わってくるんじゃないでしょうか・・・。

●アメリカ巡業
この夏、バルサは、ユベントス、ミラン、マンチェスターとともにアメリカ巡業に出かける。そして各クラブと都市をかえて対戦。第1戦は7月27日マサチューセッツでのユベントス戦。ニューヨークではミランと7月30日に。そして最後は8月3日のマンチェスター戦をフィラデルフィアで。これにより、GENT DEL BARCA のプロモーションと市場拡大を狙うバルサだ。

あなたは、中道左派で連邦主義者(2003年4月1日)

スペイン人の38%はマドリびいき。でも、バルサを好きなスペイン人も18%はいる。そしてこのバルサびいきの傾向は、若者で、中道左派で、連邦主義の人に多くなる。

これは、2002年10月に、カタルーニャ州がスペイン全国を対象に行ったアンケートの結果の一部。フットボールのライバル意識は決してスポーツだけには止まらない、と3000人を対象に行われたアンケートの中に組み込まれた質問からだされた統計です。

それによると、上記のように38%がひいきチームとしてマドリを、次いで18%がバルサ、3位に5%のAT.マドリをあげています。また、このアンケート対象者のなかで、特にフットボールが好きな人のみの数字をひろっても順位は変わりなく、43%がマドリ、26%がバルサとなっています。

17に分けられる地方別に見ると、8つの地方がマドリを一番のひいきチームとしており、自分の地方のチームよりも上にあげています。中でもカスティージャ・ラマンチャが、地元マドリッドすら押さえて、78%の人が、マドリを一番のひいきチームと認めています。また、アンダルシアでも37%と、地元チームベティス(19%)、セビージャ(15%)を押さえトップ。カタルーニャでは、もちろんバルサが1位ですが、それでもエスパニョール(3%)を押さえ、2位につけるマドリ。一方バルサもマドリッドでは、4%と若干ではありますが、マドリ、AT.マドリに次いで3位に顔を出します。

マドリを押さえて地元チームを一番のひいきとする地方は、バルサのカタルーニャ以外では、アラゴン(サラゴサ)、アストゥリア(ヒホン)、バレアレス(マヨルカ)、カンタブリア(ラーシング)、バレンシアーナ(バレンシア)、ガリシア(コルーニャ)、ナバーラ(オサスナ)、パイス・バスコ(ビルバオ)の8地方(詳細は下記)。

またこのアンケートでは、年齢、政治的傾向などからも分析が行われており、マドリの1位は変わらないものの、その数値には別の傾向が見られます。
例えば、年齢別の統計では、65歳以上の年代で、マドリびいきがバルサびいきを25ポイント(マドリ45%、バルサ20%)も上回りますが、25歳〜34歳では、4ポイント差(マドリ38%、バルサ34%)とほとんど変わりません。

また、自分を右派と考える人は、マドリびいきがバルサびいきを44ポイント(マドリ60%、バルサ16%)上回り、左派と考える人は16ポイントのみの差。なお、この数値はカタルーニャを含みません。

支持政党についても、マドリびいきは現与党民衆党支持が一番多く、一方バルサびいきは社会党支持が若干上回ります。

また、中央集権主義支持者の56%はマドリびいきで、14%のバルサびいきを大きく離します。一方、連邦主義支持者については、36%がバルサびいきで、25%のマドリびいきを上回ります。この数値もカタルーニャを含んでいません

●地方別ごひいきチーム●

地方
    
  1位         2位            3位

アンダルシア
    マドリ(37%)   ベティス(19%)   セビージャ(15%)
アラゴン
   サラゴサ(62%)    マドリ(28%)     バルサ( 3%)
アストゥリアス
    ヒホン(43%)    マドリ(25%)    オビエド(14%)
バレアレス
   マヨルカ(32%)    マドリ(28%)     バルサ(18%)
カナリアス
    マドリ(26%)    バルサ(26%  ラス・パルマス(21%)
カンタブリア
 ラーシング(52%)    マドリ(27%)     バルサ( 4%)
カスティージャ イ レオン
    マドリ(57%)    バルサ(13%)   バジャドリ(13%)
カスティージャ・ラマンチャ
    マドリ(78%)  ATマドリ(10%)     バルサ( 8%)
カタルーニャ
    バルサ(65%)    マドリ(18%) エスパニョール( 3%)
コムニダ バレンシアーナ
 バレンシア(36%)    マドリ(30%)     バルサ(14%)
エストレマドゥーラ
    マドリ(52%)    バルサ(20%)   ATマドリ(11%)
ガリシア
  コルーニャ(42%)    セルタ(25%)     マドリ(19%)
マドリッド
    マドリ(70%)  ATマドリ(19%)     バルサ( 4%)
ムルシア
    マドリ(63%)    バルサ(20%)    ベティス( 6%)
ナバーラ
   オサスナ(42%)    マドリ(24%)     バルサ(12%)
パイス バスコ
   ビルバオ(53%)   ソシエダ(25%)     マドリ( 8%)
リオッハ
    マドリ(39%)    バルサ(29%) ログローニェス(13%)
  

スペイン全国
   マドリ(38%)    バルサ(18%)   ATマドリ( 5%)