2003年
2004年
2月
トキドキ三面(2004年2月28日)

●人気はベッカムよりダビッツ
バルセロナで開催されていたフットボール国際見本市の最終日、いろいろな品が競売にかけられた。選手たちのサイン入りユニも多く出品された。競り落とされた金額をみると、ベッカム人気はたいしたことないことが判明。ベッカム240ユーロ、ロナルディーニョ280ユーロ、そしてダビッツ320ユーロ!

●ジダーンのユニをもらったのは誰だ?
第2のベルナベウ、モンジュイックのスタジアムで行われた試合、エスパニョール−マドリ戦。結果は2−4で、ますます苦しい状況に陥ったルイス・フェルナンデェス監督には、ジダーンから彼のユニが贈られた。いや、皮肉ではなく、彼らはカンヌでは一緒にやっていた仲間だったため。少しは慰めになっただろうか。

●コレクター
コレクターというと、切手や古銭などを思い浮かべるが、バルサにいるオランダ人コレクターの集めるものはちょっと違う。
本のコレクターは、ジオ。本といってももちろん普通の本じゃない。古く希少価値のあるお値段の高〜い本。
日本刀のコレクターはダビッツ。もちろん刀についても詳しく、一目見てその刀の価値がわかるとか。

●ペプシ・ギャラクティコチーム
昨年の7月に250人のエキストラを投入して撮影されたペプシの新CMが今週から放映される。タイトルは「フット・バトル」。映画マッドマックスを彷彿とさせる擬似未来・中世の戦士の衣装に身を固め戦うのは、11人のフットボーラー。このペプシチームには常連のロナルディーニョのほか、バルサからはクアレスマが新加入。コカ・コーラチームとの対決はないのか?

●2分20秒でできること
1試合90分で3ゴール、ハットトリックを決めるのはなかなか難しい。もっとも3ゴール決めるのには90分は必要ないが、それでも先日イングランドの2部の試合で作られた記録は当分破られそうもない。ジェームス・ハイターという選手、84分に交替してグラウンドに入り、それから2分20秒の間に3ゴール、ハットトリックを決めた。

帰ってきたドリームチーム(2004年2月21日)

バルセロナで開かれているフットボール国際見本市、「プラネッタ・フットボール」の催し物の一貫として、一昨日の19日にミニエスタディでドリームチーム選抜と世界選抜(OB)の試合が行われました。結果はサリーナスの2ゴール、ゴイコ、ピニージャ、オネシモが各1ゴールの5−0でドリームチーム選抜の勝利に終わりました(本日のカナルチキート1チャンネル)。

●ドリームチーム選抜でプレーした選手たち
ブスケ(ウンズエ)、フェレール(ソレール)、アレサンコ(ナンド)、セルナ、フアン・カルロス(キケ・エステバラン)、ミージャ(バケーロ)、エウセビオ、アモール、ゴイコ(サンチェス・ハーラ)、サリーナス(オネシモ)、ストイチコフ(ピニージャ)

正確にはこのうちの何人かはドリームチームのメンバーではありませんし、スビサレッタやチキはお仕事で、アンゴイは負傷のためベンチでと参加できない選手たちもいました。しかも途中から雨が降り出し、後半に入ってそれがひょうになるという寒いミニエスタディでしたが、観客も選手たちも楽しい時を過ごしました。

さて、かつてのドリームチームの面々は今いったい何をしているのかみてみました。多くは未だにフットボール関係の仕事に従事しています。また今シーズンから5人もの選手が、バルサで仕事をするようになっています。

●バルサで仕事をしている人たち
アレサンコ(レシャックやバンガールのサブを経た後、現在はスカウトマン)
ブスケ(フットボールバッセのキーパー・コーチ)
アモール(マシアの責任者、シウダ・デポルティーボの責任者)
チキ(スポーツディレクター)
エウセビオ(第3コーチ、監督の資格取得)
ストイチコフ(フットボールバッセ)

●他のクラブでで仕事をしている人たち
スビサレッタ(アスレティック・ビルバオのスポーツディレクター)
ゴイコ(オサスナのフットボールバッセ、TVの解説者)

●その他フットボール関連の仕事をしている人たち
ミージャ(TVの解説者)
バケーロ(TVの解説者、監督の資格取得)
セルナ(フットボール学校経営、TVの解説者)
フェレール(TVの解説者))
サリーナス(TVの解説者、フットボールOBマーケティング責任者)

●その他の仕事
アンゴイ
フアン・カルロス
ナンド
ソレール
(昨シーズン引退)

カンプノウ、
試合終わって、落ち穂拾い(
2004年2月16日)

●バルサ−ATマドリ戦(リーグ)

●83,559人

●恒例フィエスタ
・今回のテーマは、ちょっと変わって、今日2月16日から新たにスタートする「バルサTV」のお披露目宣伝。
・正面入り口前に舞台を作ってバッグではプロモーションフィルムを流し、舞台上ではラポルタ会長などにインタビュー。
・試合開始直前には、バックスタンドとグラウンドの間に仕掛けられた花火が派手に打ち上げられた。

●試合前にグラウンドで手を挙げて挨拶したのは、今年のパリ−ダッカのバイク部門で優勝したカタラン人のローマ氏。客席からは大きな拍手で迎えられた。

●この試合の入場者数は、今シーズン、マドリ戦、オサスナ戦に次いで3番目の入り。バルセロニスタがカンプノウに戻ってきた。

●サビオラはこのゴールで、3試合連続ゴール。そして、サビオラがゴールを決めると必ず試合には勝利、という嬉しいジンクスを作りつつある。リーグでは6試合(ATマドリ、オサスナ、アルバセテ、サラゴサ、ムルシア、マジョルカ)、UEFAでは2試合(パニオニオス、プチョフ2ゴール)、国王杯2試合(シウダ・ムルシア、レバンテ)、計11ゴールを決めて、10試合すべてバルサの勝利。

●ルイス・ガルシアは、今シーズンリーグでの初ゴールを決めた。

●この試合の勝利で、リーグ4連勝となったバルサ。これは遠く00−01シーズンの冬以来の快挙。もっともっと続けよう!

●この試合は、オー・ライカー氏、監督としての100試合目。オランダ代表監督22試合(8勝2敗12分け)、スパルタ監督44試合(8勝23敗13分け)、バルサ監督34試合(17勝8敗9分け)で、トータル100試合(33勝33敗34分け)。

●オラが村のジョルケラんちの息子が今日はカンプノウ晴れ舞台でプレーするんじゃと。んじゃ、みんなで応援に行くべぇ。と、親戚近所お誘い合わせのうえ400人がバスを7台連ねてカンプノウに応援にやってきた。

●パルコには、次のUEFAの相手ブロンビィーのサブコーチが偵察に。そして、キャプテン翼(こちらではオリバー&ベンジーというタイトルで大人気のTVアニメ)の作者、高橋陽一氏の顔も。

女性とフットボール
 「エデルミラ・カルベット」
(
2004年2月14日)

バルサ初の女性ソシア

現在ではフットボールスタジアムの観客席に女性の姿を見ることは別に特筆すべき事ではありません。ましてバルサはソシオ数の4分の1を女性が占めるほどの女性ファンの多いクラブです。先日バルサのソシオ数の記録を破る108,927人目のソシオとして話題に上ったのも女性でした。

しかし、昔からそうであったわけではありません。スペインでフットボールが人気を博するようになった20世紀初頭、観客の中に女性の姿を見ることは非常にまれでした。もちろん、時々ご主人に同伴して観戦に来るご婦人がいなかったわけではありませんが、ファンとして毎試合応援に駆けつける、という女性を見つけることはほとんど不可能にちかいものでした。「不可能だった」と言い切ることができないのは、実はそういう女性が一人いたからです。若い頃からフットボール、特にバルサのファンであった彼女の名前は、エデルミラ・カルベット。もっとも毎試合観戦に出かけるようになったのは、結婚してから。それもホームでの試合だけではありません。当時のカタルーニャリーグのチームで、エスパーニャ、エスパニョール、カタラ、ウニベルシタなどのバルセロナにグラウンドを持つ相手との試合であれば、バルサの応援に駆けつける当時では有名の女性ファンでした。

そしてある日、彼女はソシアになること思いつきます。そこで、バルサの選手であり、ご主人の友人であるアーメット兄弟に、ソシアになりたい旨を伝えますが、その時のアーメット兄弟の反応は、「今まで女性が会員になりたいなんて申し込みは一度もなかったよ。理事会は認めてくれないんじゃないかな。」と否定的でした。そして、「フットボールの試合にも入れるようになるから、テニス部門に登録すれば」というのが彼らの提案でした。それを聞いてエデルミラが非常に怒ったため、とにかく会長に一度聞いてみると、約束せざる終えなくなったアーメット兄弟でした。

当時の会長は、創設者ガンペル氏で彼の会長職2度目に当たる時代でした。数日後にエデルミラは申し出が受諾されたという内容の手紙を受け取ります。クラブの紀律の中には女性が会員になるのを拒否する理由がどこにも見つからないのですから、その受諾はもっともなことといえます。そして、ここにバルサ女性会員第1号が誕生したわけです。その後多くの女性が会員の申請をしています。ほとんどは、会員である夫を持つ女性たちでした。

エデルミラは、息子が生まれてからも彼を腕に抱きスタジアムに通っています。バルサがゴールを決めると、赤ん坊が嬉しそうに笑うのよ、と友人に話していたといいます。彼女は熱心なバルサファンではありましたが、スタジアムでは決して大声を上げたりするようなことはありませんでしたし、ラフプレーやプレー中の言い争いについては、厳しい意見を持っていました。「バルサは2つのチーム持つべきだわ。一つはフットボールをするチーム。もう一つはボールを追いかけるのじゃなくて、相手の選手を追いかけるチーム。」

エデルミラは1936年まで、欠かさずスタジアムに応援に来ていましたが、ご主人が市民戦中になくなってからは、ソシアとしての権利を保持してはいたものの、スタジアムに行くことはなくなりました。それからはバルサの試合はラジオ中継を通して応援していたそうです。

1929年のリーグ初年度は、10チーム(バルサ、エスパニョール、R.ウニオン、アレナス、AT.マドリ、ラーシング、AT.マドリ、R.マドリ、R.ソシエダ、エウロッパ)で戦われているため、シーズン期間も6月23日までの約4か月と現在に比べればかなり短くなっています。そして初年度優勝を飾ったのは11勝4敗3分け、37得点23失点のバルサでした。

リーグ初得点という名誉なゴールを決めたのは、エスパニョールの選手ピトゥス・プラッツ、R.ウニオン相手に決めており、その試合は3−2でエスパニョールが勝っています。ちなみにバルサの第1試合はラーシング相手でフエラで0−2と勝利しています。

この75年間のリーグをふり返ってみると、56チームがこのリーグで戦い、トータル19,206試合で55,733ゴール、1試合平均2.9ゴールを決めています。そしてこの75年間通して1シーズンも欠けることなくリーグを戦っているチームはバルサ、R.マドリ、AT.ビルバオの3チームのみ。そして今まで優勝カップを持ち上げたチームは以下の9チームだけです。

●優勝チーム
1 29回 R.マドリ
2 16回 バルサ
3  9回 AT.マドリ
4  8回 AT.ビルバオ
5  5回 バレンシア
6  2回 R.ソシエダ
7  1回 ベティス
8  1回 セビージャ
9  1回 デポルティーボ

その他にもこの75年間を通じての記録をみてみると、
●ゴール数最多チームは、R.マドリ、2,253試合で4,680ゴール(1試合平均2.08)。
●トータルで一番ゴールの入った試合は、1932−33シーズンのAT.ビルバオ−ラーシングの9−5、計14ゴール。
●チームの1試合最多ゴールは12ゴールで、1930−31シーズンのAT.ビルバオ−バルサの12−1。
●一番試合数の多い選手は、622試合のスビサレッタ。彼はAT.ビルバオ、バルサ、バレンシアでプレー。
●1試合で最も多く一人でゴールを決めた選手は、クバラの7ゴール。うち2ゴールはPKで、51−52シーズンのバルサ−ラーシング(9−0)戦で記録しています。
●一番ゴール数の多い選手は、AT.ビルバオのテルモ・サーラで、277試合プレーし、251ゴールを記録しています。
●一番長くプレーした選手は、ミケル・ソレールの20シーズン。彼はエスパニョールに始まり、バルサ、AT.マドリ、セビージャ、R.マドリ、サラゴサ、マジョルカと、7クラブに所属してプレーしました。

トキドキ三面(2004年2月5日)

●「ウン モメント ダド」
これは、クライフのバルサ監督時代の口癖。そして今は、クライフのドキュメント映画の題名。先日ロッテルダムで開催されたシネ・フェスティバルで封切りされたこの映画は、オランダ人監督でカタルーニャTVなどの協賛で、90分の長編。

●公式写真は1枚じゃない
シーズン始まって5か月が過ぎようとしている1月の中旬にようやく選手の公式写真を撮ったバルサ。バルサのオフィシャルページなどに計された写真はユニフォームを着ての写真だが、実は、全員ユニフォームを着ていない裏写真が・・・といっても、ハダカじゃありません。遠征に出かけるときのお揃いのスーツを着てのもので、そのスーツのメーカー、グリスビーの宣伝用の写真。その他にも選手の前に置かれる看板をラカイシャ、ダムなどいろいろなスポンサー用に変えてハイ、ポーズ。その宣伝の効果のほどは、明日のカナルチキートでご覧あれ。

●アジア市場開拓、メレンゲに負けないぞ!
中国でスポーツ新聞としては一番多くの読者をもつという「サッカーニュース」が主催したバルサ博識クイズ。20問の問題に3万人が、インターネットや手紙で応募。そしてその回答者のなかから6人が選ばれ贈られた賞品は・・・バルセロナでのカンプノウ見学とラポルタ会長と会見。さてこの6人から中国で市場開拓は広がるか。

●♪クンプレ・アーニョス・フェーリス♪
2月2日はバルサの選手、69歳の誕生日! おっと失礼、これは3人あわせた年齢。マリオ22歳、ロス23歳、オラゲール24歳の誕生日が同じ2月2日。ついでに言うと、かつてのバルサの選手、サミティエルも2月2日(1902年)生まれでした。2月2日生まれのフットボール選手は大成する!?

●これで4人ソシオが増えた
先日ロナルディーニョが、カンプノウのオフィスでバルサソシオ入会手続きをした。そしてソシオ勧誘はまだまだ続く。次はフットボール、バスケット、ローラーホッケーのバルサプロチームの監督たち。ハンドボールの監督はすでにソシオなので、彼は更新手続きだけだが、残りの3人は新規ソシオ。これでライカー監督は、アジャックス、ミラン、バルサの3つのクラブのソシオとなったわけ。もっとも申し込み時に身分証明書を忘れてクレジットカードをだして、これでオーライカ?

●ラポルタ絵日記
ラポルタ会長の最近手に入れたデジカメがいたくお気に入り。どこに行くにもデジカメ持参。ペーニャの会合でパチリ、OB試合でパチリ・・・。さてその写真は・・・バルサ会長絵日記でもつけてるのかな?

冬の移籍マーケット終了(2004年2月4日)

2月2日24時をもって、冬の移籍マーケットが閉じられました。1部リーグで、新規加入選手は総勢24人。そのうち約半数は、今シーズンのみのレンタル。フットボール界の景気冷え込みの影響が大きく、移籍についても移籍金ナシの選手が目立ちます。バルサについていえば、ダビッツがユベントスから今シーズン一杯のレンタルでやってきました。そしてマーケット閉鎖寸前にアルバセテにレンタルが決まったナバーロ以外に、ダニ、ボナノが自由契約となり移籍していきました。

●新規加入選手(移籍元)
アルバセテ    ナバーロ(バルサ)
         ファビアーノ
マヨルカ     フィニーディ(Ipswich)
         デリバシッチ(Partizan)
         エドゥ・モヤ(テネリフェ)
         ペレイラ(Riber Plate)
セビージャ    マガジャネス
バルサ      ダビッツ(Juventus)
セルタ      ピニージャ(Verona)
         イリック(Partizan)
エスパニョール  ポチェティーノ(Girondins)
         ビグナル(Liverpool)
         ハジ(Aston Villa)
         ラドゥカヌ(Steaua)
ムルシア     ガンセド(オサスナ)
         ウルタド(Guayaquil)
         ボナノ(バルサ)
ビジャレアル   バタグリア(Boca Juniors)
ラーシング    クリスティアン・アルバレス(Lanus)
ATマドリ    アラゴネセス(ヘタフェ)
         ルーベン・オリベーラ(Juventus)
サラゴサ     ダニ(バルサ)
         モビージャ(ATマドリ)
バジャドリ    フィゲレド(Olimpia)

カンプノウ、
試合終わって、落ち穂拾い(
2004年2月2日)

●バルサ−アルバセテ戦(リーグ)

●49,619人

●恒例フィエスタ
・今回のキャッチフレーズは「指輪物語」をもじって「バルサ物語」、中世への回帰がテーマ。カンプノウ敷地内には伝説のドラゴンが展示。そしてあちこちで石工職、鉄工職、ガラス職など、中世当時の職人芸が披露された。
・今回イムノを歌うのはジョアン・イサック。

●この試合に呼ばれたカンテラは10人、そのうちスタメン5人、途中2人が交替で入り、終了時には7人のカンテラがグラウンドに。

●キャプテンマークをつけていたコクーが交替したとき、チャビが後を引き継いだ。そしてルイス・エンリケが交替で入ったとき、チャビはキャプテンマークを彼に渡しにいったが、ルイス・エンリケは受け取らず、チャビが最後までキャプテンをつとめた。

●5ゴールのうち、
・クアレスマとダビッツのゴールは、バルサ選手として公式初ゴール。
・サビオラはバルサ選手として50ゴール目。
・チャビは今シーズン4ゴール目で、自己最多記録とタイ。98−99にデビューして以来トータル17ゴールで、01−02シーズンに4ゴールを決めたのが最多。今シーズンは記録更新!

●今シーズン、UEFAでは8−0という試合があったが、リーグでの5得点は初めて。一番最近では、5点差で勝ったリーグの試合は約1年前の2003年3月23日ラーシング戦での6−1。カンプノウでの5−0というスコアは、なんと10年ぶり。1994年1月8日、そうマドリ相手の5−0以来。

●ビルバオ、セビージャ、アルバセテ相手に、今シーズンリーグ前半では2勝1分けで7ポイント獲得。そして、後半に入ってこの3チーム相手に同じく2勝1分けの7ポイント。でもこれからの相手は前と同じはいけません。

●パルコのなかで、チャビのゴールを立ち上がって喜んだのはクライフの奥さんダニ。隣にはクライフ、その隣にはハビリ施設の視察にやってきたオランダ代表監督。「う〜む、みんなのリハビリは順調に進んでいるようだ」とクライフに言っているのか・・・な?

●観客の中には、クルービーやレイジゲルファミリーの顔。そしてバルセロニスタ、デザイナーのトニー・ミロとヘアドレッサーのルイス・ジョンゲラスの顔も。