シルビーニョ  
Silvio Mendes Campos Junior"SYLVINHO"

かつてア・コルーニャでプレーしていたベベットやドナットがそうであったように、そしてまだ在籍中のバレロンがそうであるように、あるいはバルサに在籍していたブラジル選手のジェオバンニやジオバンニがそうであったように、今シーズン入団してきたシルビーニョもまたアトレッタ・デ・クリストのメンバーだ。アトレッタ・デ・クリスト、キリストを信じるスポーツ選手によって構成されているグループであり、いあゆるセクタでも宗教組織でもない。また、このグループに入るのにスポーツエリートである必要はない。カトリック信者と違うところは、教会も神父も、ましてローマ法王も必要としないところだ。ひたすら自分の内部で神に祈り続け、神への直接的な接触を試みる。神に近づく方法は心からの祈りと一冊の聖書のみ。これがアトレッタ・デ・クリストの特徴だ。スペインリーグでプレーしている選手で、このグループに参加している人は20人を越えると言われている。

コリンチャンスのインフェリオールカテゴリーを徐々に上がってくる少年時代のシルビーニョは、まだキリストを第一の親友とはしていない。アトレッタ・デ・クリストのメンバーになるのはコリンチャンスの一部カテゴリーに上がってからだ。20歳で念願の一部チーム選手となった彼は合計6シーズンをコリンチャンスでプレーしている。サン・パウロリーグでの優勝が2回、ブラジルリーグでの優勝を1回、そしてブラジルカップを1回手にしている。2回目のサン・パウロリーグ優勝を飾った1999年、彼にはいくつかのヨーロッパクラブからのオファーが来ていた。一つはインテルから、もう一つはバルサからのオファーだ。だが彼が最終的に受け入れることになるオファーは第三のクラブ、アーセナルのものだった。

チャリティー・シールドでおこなわれたマンチェスターとの試合が彼のデビュー戦となった。安定した守備と時おり見せるサイドからの攻撃的な上がりが彼の持ち味だ、と“ガナーズ”に知らせるには絶好の試合だった。この試合、アーセナルは2−1でマンチェスターを破っている。順調にアーセナルにとけ込んでいくシルビーニョだが、シーズン終了間際には強烈なライバルがあらわれた。アシュレー・コール、彼の出現がシルビーニョのアーセナル在籍を難しくした最初の障害物だとすれば、第二の障害、それは翌シーズン入団してきたジオという、同じポジションでプレーするオランダ人選手の存在だった。そして運が悪いことにはシルビーニョはプレステージで負傷し、同僚たちよりもスタートが遅れてしまった。結果的に16番という背番号はジオにとられてしまう。アーセナル最初のブラジル選手はわずか2シーズンでクラブを離れ、イベリア半島にあるセルタというクラブに移籍する。セルタでは2年間プレーすることになるシルビーニョだが、先のことはわからないもので、30歳となった今シーズンからバルサに移籍することになった。そして奇遇にも、今シーズンから再びジオとライバル選手となる。

彼の愛読書は聖書、どこに行くにもその聖書だけは手放せない。家にいるときも外に出かけるときもよく聞く音楽はゴスペルミュージック。そういう彼が昨シーズンの初めにシルビーニョという名を構成するスペルの変更をしている。"Silvinho"、これがそれまでの綴りだったが1年前から"Sylvinho"としている。つまり"i"の代わりに"y"を入れシルビーニョとしてことになる。なぜそうしたのかと聞かれた彼は次のように答えていた。
「何だか良いことがありそうだから」
多くのブラジル選手がそうであるように彼も非常に縁起をかつぐ選手だ。だがこの綴りの変更がなぜ幸運を呼ぶことになるのか、それは誰にも説明していない。彼が微妙に綴りを代えた昨シーズン、セルタは二部カテゴリーに転落という非常事態を迎えてしまった。だが、クラブのカテゴリー落ちがバルサに入団するきっかけになったことも確かなことだ。"i"から"y"への変更、それがシルビーニョに幸運の女神が舞い降りてきた理由かも知れない。

スエルテ!シルビオ・メンデス・カンポス・ジュニオール“シルビーニョ”!
ブエナ・スエルテ!