ガスパーも捨てたもんじゃない
(2002/1/31)

クラブの状態が悪くなるといつも批判の対象になるのが監督と会長。チーム成績の責任者としての監督が批判の対象となり、クラブの最高責任者としての会長がやはり批判の対象となるのはしょうがないことだ。今、レシャックがメチャクチャ攻撃にあい、ガスパーも批判の対象になっている。カタルーニャメディアも黙ってはいない。もはやこの二人には、味方など誰も存在しないかのようだ。

バルサ理事会を構成する首脳陣たちというのは、フットボールに対する知識に関しては、そこら辺にいる普通のバルセロニスタに毛の生えた程度のものだと思っている。これまでやってきた事業に成功した人間が最後に望むものは名声。その名声を求めて、これまで普通のソシオであり普通のバルセロニスタだった人間が、何かのコネを通じてクラブ内に入ってくる。バルサ理事会を構成するメンバーであるなどということは、孫の孫の代まで誇れることだ。まして会長になるなどということは、カタルーニャの首相になることより名誉なことであり、実際に難しいことだ。理想的には元選手だった人々が理事会を構成し、別に経済に関するスペシャリストをおくのが最高のパターンだと思うが現実はそうならない。

バルサの会長に立候補できる条件はソシオであること、これが基本。そして金持ちであること、これが現実。なぜなら立候補時にクラブ年間予算の5%だか15%だか忘れたが、その見せ金を提示しなければならない。今シーズンのバルサの年間予算は確か200億以上だったから、少なくても10億から30億の見せ金が必要だ。したがって、99.999%のソシオには不可能な話し。一般庶民はもちろん名誉職にはつけない。会長職というのは人生の経済的意味における成功者でなければならない。だがこれはあくまでもバルサの話であり、スポーツ株式会社となっている他のクラブのことはよく知らない。

ガスパーは彼の親の代に築き上げたホテルチェーンの会長であり、バルセロナ観光局の副会長でもある。ホテル王の二代目となる彼は、1978年におこなわれた初のソシオ参加による民主主義選挙でヌニェスが会長に選ばれた時に、副会長に就任している。22年間の副会長時代を経て今年で会長として2年目だ。合計24年間にもわたってバルサ首脳陣としての経験を積んできている。経験が一つの武器として重要なものになるのは当然だが、それ以上に彼の武器は「超」を越えたバルセロニスタというところにあると思う。試合ごとにカンプノウに足を運ぶ普通のソシオ以上にバルセロニスタであり、彼にとってバルサは人生そのものであり、命であり、血であり、ワインなのだ。

これまでバルサの会長選挙を何回かみてきたが、どの立候補者にも金持ち特有というか、事業に成功した人物特有というか、得体の知れない「臭さ」がある。バルセロニスタという仮面をかぶった、名声獲得だけが命というイメージのする人物が多い。違うクラブではあるけれど、At.マドリの会長であるヘスス・ヒルだとか、レアル・マドリのフロレンティーノ・ペレスが典型的なそのタイプの人間だ。二人とも成り上がりの億万長者ということと、政治がらみの人間であるということが共通点である。そして強烈な「臭い」を持った人物たちである。

ガスパーが良い会長であるかどうか、それは否定的な意見の方が多いかも知れない。この2年間で310億もの移籍料を使い、それでもチーム成績が一向に上昇していかない。会長初年度に、想像を絶する80人以上の理事からなる理事会を構成したのは有名な話しだ。会長選挙に加わった自分のグループの人間はもとより、対立候補のメンバーも抱えてしまったこの理事会。その結果、理事会のメンバーが多すぎてまとまるものもまとまらなくなった。「敵を作らない」という彼のモットーがこういう事態を招いたわけだが、どだいそれは無理な話しで理想主義に過ぎないということに翌年気がつく。だから今の理事会メンバーは20人程度となっている。

彼の存在を初めて知ったのは、1988年に起きたいわゆる「エスペリアの反乱」の時だった。この事件はそのうちバルサ100年史に登場するから細かいことは省くが、アレサンコを筆頭とする当時の選手たちが、ヌニェス会長の辞任を要求する異常な事件だった。その時に選手との交渉係としてクラブ側から送られた人物がガスパーだった。したがってテレビで何回か見るチャンスがありよく覚えている。目つきが悪く、落ち着きのなさが表情や仕草からうかがえる非常にイメージの悪い男だったから特に印象が強かった。したがって最初の彼に対するイメージはまったくもってよくない。それが年が経つに連れて変わってくる。

彼は副会長時代、クラブ首脳陣が居座る、いわゆる貴賓席には滅多に顔を表さなかった。テレビ画面を見ると彼は首脳陣から離れた席にいつも座っていた。あまり目立たない場所にいようという感じだった。

彼はなぜ目立たない席にいようとしたのか。それは簡単な理由からだ。彼は重要な試合だと多くのバルセロニスタがそうであるように、緊張感に耐えられなくなるタイプの人間だった。したがって後半をかなり過ぎた当たりになると彼はテレビ画面から消えてしまう。グランドから離れてしまうのだ。緊張感に耐えられず、カンプノウのオフィスに引っ込んでしまうか、車でドライブに出かけてしまう。クライフバルサが4連覇を決めることになったカンプノウでの最後の試合の時のことをよく覚えている。彼は後半30分を過ぎたあたりでいなくなってしまった。カーラジオで試合中継を聞きながら、近くのモンセラという山へドライブに行ってしまった。彼はこの4連覇の達成を山の上で一人誰に見られることなく、メチャクチャ大騒ぎしていたのだろう。

彼は会長になった今、そういう贅沢なことは許されていない。思いっ切り苦虫をかみつぶしたような顔をして会長席に座っていなければならない。ジェスチャーも最低限に抑えなければならない。会長としての任期を終え、その要職から解放され一般ソシオに戻った時、最も幸せに感じるのは彼自身だろう。副会長時代に座っていた彼のソシオ席に戻り、思いっ切りジェスチャーをしまくり、緊張感に耐えられなくなったらドライブに出かける自由が得られるのだから。

だが、副会長時代と同じように会長になっても変わらないことが一つあるという。それはバルサが負けた試合の日の夕食はとらないということだ。悔しくて食べ物がのどに通らないという。クラブ会長なんて誰だろうがどうでも良いと思っている自分みたいな人間にとって、こういうバカな会長はなんとなく気になる存在となる。

ここ20年のスペインフトボールクラブの会長として、最も優秀な会長として認識されるヌニェス元バルサ会長。彼は会長に就任してからの最初の6年間で7人の監督のクビを切っている。それがクライフの登場に助けられ(クライフを監督として獲得した彼の功績として見るべきか)長期政権を実現していく。チームの好成績と同時に、経済的観点からもバルサをよりビッグチームにしていった会長である。やはり会長職も監督と同じように時間がが必要だ。ガスパーは今シーズンを含めて4年の任期が残っている。

彼が良い会長かどうかはわからない。でも全然わけのわからない人間が新会長になるより、彼みたいな「超」バルセロニスタである会長がいるのはソシオにとって心強い味方がいる気がする。