トータル・デコ
(2005/01/15)

2週間近いクリスマス休暇が終わり、バルサはジローナ県にあるペララーダでミニ合宿をおこなっていた。その合宿がもう翌日には終わろうという木曜日の午後、練習が終わった選手たちがホテルへの帰路につこうとしている。彼らが列を作るように並んでホテルに向かう途中、デコはダミアを探し前へと急いでいた。週末におこなわれるビジャレアル戦にはカード制裁で出場できないベレッティに代わってスタメン出場することが噂になっていたダミア、その彼をデコは探している。ほぼ列の前の方を歩いていたダミアを見つけたデコは彼の隣につくなり顔をくっつけるようにして小声で話しかけている。ホテルに到着するまでの5分間という短い時間ではあったが、その会話はデコが一人で語りかける一方的なものだった。その内容は、そう、もちろんビジャレアル戦を想定しての助言だ。

アンデルソン・ルイス・デ・ソウサ、つまり通称デコと呼ばれる彼はバルサのカピタンではない。それどころか今シーズンに加入してきたばかりの新参者だ。だがわずか半年間のバルサでのプレーでありながら、誰しもが彼をカピタン以上の存在として認め始めている。ユニの袖にカピタンマークさえ巻くことはないものの、グランドの中だけではなくグランドを離れたところでも彼はカピタン以上の存在になり始めている。カピタン・プジョーがバルサカラーを染みこませたバルサの魂という存在とするならば、デコはプロ選手としての経験豊かですでに生きた神話を持つ選手と言っても大げさではない。チャビがボールコントロールを、ロナルディーニョがスペクタクルを、エトーがゴールを象徴するように、デコはフットボールそのものを象徴する。
「デコはフットボールそのものさ」
そう、ヨハン・クライフが語るのだから間違いないことだ。

フットボール、それはボールタッチをし、必要ならばそのボールをキープをし、そして必要に応じて的確なパスを味方選手に出し、相手にボールがわたっている状況ならそれを奪いに行き、そしてゴールチャンスと見たら鋭いシュートを放つという、いくつかの基本的な要素から成り立っているスポーツだ。
「デコはフットボールそのものさ」
そうクライフが語るとき、それはそれらの基本的な動きを一人でしてしまうというところから来ている。現代フットボールではそれぞれの選手にそれぞれの役割が与えられているものの、試合の成り行きに応じて、あるいは監督の要請に応じて、それらの基本事項をすべて確実にこなしていくデコだからして、彼はフットボールそのものとなる。

クライフの言葉やコメントは行間を気をつけて読まないととんだ誤解を招くことがある。彼がデコに関し次のように褒め称える時、それは同時に他のある選手に対する批判となっていることも留意しておかなければならないだろう。
「彼のテクニックは素晴らしいものがある。だが決して見栄え良いだけのプレーをする選手ではない。つまり一つのプレーだけで観客からの拍手を期待するような種類のそれは必要ない選手だ。一つ一つの彼のプレーはチーム総体を考えてのもだからして、例えばタコン(ヒールキック)一つとってみてもそれが必要な場面だからするだけであり、スペクタクルを求めてのものではない。彼のプレーそのものは本当のフットボールテクニックから生まれたものと言って良いだろう。」
これまで一度たりともバルサの10番を褒め称えたことのないクライフだが、デコに関してはどこまでも褒めることを辞さない。
「スペクタクル?シュートをする際のスペースの狭さがデコのスペクタクルさと言って良いし、個人的にはクーマン以来のシュート力を持った選手だとも思っている。そして彼の運動量を評価する人々がいるが私はそれはどうでもいいことだと思っている。彼のボール奪取の素晴らしさは運動量から来ているのではなく、相手選手よりも一瞬早く反応することによって得られるものだから。」

オポルトに在籍していたデコに最初に興味を持ったのがクライフとかつてベンチを共にしたカルラス・レシャックだったというのも面白い。2001年夏のことだ。バルサはレシャックの要請のもとにオポルトとデコ移籍に関する交渉をおこなっている。だがオポルト首脳陣はバルサとの交渉には応じたもののデコを売る気はまったくなかった。それでも、バルサが興味を持っているという事実が少なくてもデコに満足感を与えることにはなったようだ。
「彼のことはオポルト入団時から知っているが、バルサには特に親近感を持っていた。いつかはバルサでプレーしてみたい、そんなことを何回となく私に言っていたがようやくその夢が実現することになった。」
そう語るのはデコの代理人であるホルヘ・メンデス。代理人であると共に仕事以外の世界でも非常にデコと親しくしている人物だ。バルサからの最初の移籍要請があってから2年後にも再びオポルトとの交渉がおこなわれる寸前までいっている。ラファ・マルケスの代理人も務めているホルヘ・メンデスだが、そのマルケスがバルサとの移籍交渉に入っているときにもデコに関する移籍交渉がなされる可能性があった。だが最終的にはオポルトとの交渉はおこなわれずに終わる。スポーツ・ディレクターのチキ・ベギリスタインが二の足を踏んでしまったからだ。
「ロナルディーニョと果たして共存できるかどうか、最後まで疑問が解けなかった。」
だがチキの疑問もそのシーズンのデコの活躍を見ていくうちに解けてくる。

サンドロ・ルセーはチキ・ベギリスタインのデコ獲得反対というアイデアを受け入れたものの、デコ獲得そのものを諦めたわけではなかった。したがって2003−04シーズンの最中も常にオポルト首脳陣との連絡を絶やさなかった。その結果得たもの、それはユーロ2004が終了次第デコの移籍を認めようというものだった。そしてもちろんデコ個人との話し合いもおこなっていた。彼は移籍することがあれば行き先はバルサ、そう語ってくれていた。
「チキの考えもシーズン途中で変わってきたようで、それなら我々は全力をあげてデコ獲得に走ろうという結論に達した。2004−05シーズンのオフ時期にはチェルシーとか他のクラブへの移籍話もでていたが、その段階ではもう前準備は完璧な状態だったから、我々にとってはオポルトに支払う違約金の額が問題となるだけだった。」
そう語るサンドロ・ルセー。ロナルディーニョ獲得の功労者である彼の再度の活躍により、2004年7月6日、ジョアン・ラポルタ出席のもと、カンプノウでのデコお披露目がおこなわれた。違約金2100万ユーロ、クラブには多額な出費と言っていいが、デコは移籍する際に選手が受け取る権利のあるコミッションを放棄してくれている。憧れのバルサに入団して来られたからには金の問題は二の次だった。

クライフの毒含みではあるものの決して間違いではない評価をデコ個人に与えているように、同僚であるバルサの選手たちもデコに関しては高い評価をしている。
「一緒に練習するようになってからわずか2週間たってわかったこと、それはこれまで想像していた選手とは違うことだった。攻撃的な意味で凄い選手だとしか思っていなかったけれど、守備面でも超一流の選手なんだとわかったときにはビックリした。」
ビックリ・チャビだけではなく、多くの同僚選手がデコという選手に抱いていたイメージが違っていたことを告白している。
「うん、確かにイメージしていたのと違っている。もちろん今ではパーフェクトに理解していると思っているけどね。俺の感じで言わせてもらえば、俺が望むところに彼がボールを出すのではなく、彼の出しそうなところに俺が走って行くのが正解だと思っている。彼の判断が俺なんかのそれよりいつも正しいことがわかったからさ。」
そう語るゴレアドール・エトー。そしてチキに共存の可能性の疑問を持たれクライフには毒をぶっかけられたロナルディーニョも次のように語っている。
「良い選手同士は常に共存できることが証明された。」

クリスマス休暇に入るまでのデコに関する統計をのぞいてみると、それこそチャビではないがビックリものだ。彼はシーズンスタートのサンタンデール戦からクリスマス休暇前の最終戦となったレバンテ戦までに実に1380回ボールに触っている。具体的に言うと1分間に1回はボールに触っていることになる。そしてそのうち200回が攻撃に入る際のボールタッチ数となっており、さらにそのうち50回が相手のボールを奪ってからのものだ。そう、チャビが語るように攻撃面だけで光る選手ではないことを証明している。ファールの数でも、これまでリーグ最高のファール数を記録しているヘタッフェのディエゴ・リバスの52回に続き、50回のファール数でリーグ選手2位となっている。

さらにデコ数字を拾ってみよう。レバンテ戦までの1134回のパスのうち、804パスは成功に終わっている。その804回の成功パスのうち117がサイドに展開されたもの、31がサイドチェンジのロングパス、そして28回が立てパスでいわゆる直接攻撃的なパスとなっている。53回のドリブル攻撃のうち、34回が成功し14回が相手のファールを誘うものとなっているがトータルすると相手選手に54回のファールを誘っておりチーム1位の記録でもある。そしてアシスト数は5、ゴール数は4という記録だ。
「デコがもし高さにも強い選手だったら完璧な選手になれる。もっとも私はこれまで完璧な選手というのを見たことがないけれどね。」
そう語るルイス・スアーレス。スペイン人で唯一バロン・デ・オロを獲得した人であり、そしてデコがその賞に選ばれなかったことに対し誰よりも憤慨している人でもある。ポルトガルリーグ優勝、国王杯優勝、チャンピオンズ優勝、ユーロ2004準優勝、ポルトガル最優秀選手、チャンピオンズ最優秀セントロカンピスタ、チャンピオンズ決勝戦最優秀選手、これだけの賞に輝いた選手、それはもちろんシェブチェンコではなくデコだ。

デコは決してメディア的な選手とは言えない。グランドの中でも外でもメディア的ではない。だがカンプノウに駆けつける多くのソシオにとってそんなことはまったくどうでもいいことだ。その多くのバルセロニスタによる“デココール”をカンプノウで聞いたとき、デコはバロン・デ・オロなんかどうでもいいと思ったという。
「いつかは来たいと思っていたクラブでプレーできて、そして多くの観衆から自分の仕事が評価されたことが大事。バルセロナに来て不足しているものは何にもないさ。もちろん何らかのタイトルを獲得することのが目標だけれど、一人の人間として個人的な意味で言えば今の生活を本当に幸せに思う。」
サン・ジュスト・デスベルン街にある自宅に奥さんのジャシアラと娘のジャスミンと住むデコ。バルセロナに足りないものはないといいながらも、実は大切な二人が欠けていることも事実。ブラジルに住む別れた奥さんと一緒に住んでいる二人の息子、ガブリエルとパブロ、この二人のことを忘れたことがない。フットボール選手に完璧というものがないように、人生でも完璧は存在しない。それでも現在フットボールの中で最も完璧に近い選手、それがデコだ。


資料 EL PAIS