三千年中国 vs 三年目ラポルタ
(2005/08/22)

2004−05シーズンがバルサにとって輝かしいシーズンで終わったにもかかわらず、シーズン終了してから間もなく五人ものクラブ理事会員がクラブを去っている。約三分の一の人数に当たる理事会構成員が辞任するというのは、バルサという難しいクラブでなくても異常な事態と言える。そして、ジョアン・ラポルタとサンドロ・ルセーの確執のみがこの辞任騒動となったと言うほど単純なことでもないところが更に事態を際だたせたものにしている。最初に辞任を発表した医師部門担当のジョルディ・モネス、五人目の辞任者となった経済部門担当のチャビエル・ファウス、この二人はどちらかと言えばルセーよりラポルタに近い人物だったからだ。

彼らの辞任理由に関してだけは共通性があるのが興味深い。
「今のジョアン・ラポルタ、そして彼を取り巻くトップの人たちはかつて我々が知っていた人とはまるで違う人物に見える。クラブ内に“変革”を打ち立てようとして一つの理想のもとに団結してきた我々だが、どうも路線が変更してしまったようだ。」
ほぼこういう内容で集約される五人の辞任発言。では彼らが言う“ラポルタと近衛兵たちの変貌”とはどのようなことを指しているのだろうか。これも単純かつ簡単に言ってしまうと、権力を持っていなかった人物が権力者となった際によく起きる現象、つまり“功績の独り占め”、あるいは“権力の独り占め”そして“目立ちたがり屋”指向などの現象がでてきたことのようだ。これを説明するのにはチャビエル・ファウスの辞任ケースを分析するのが一番わかりやすいと思う。

ラポルタ理事会が構成されてからしばらくしてクラブ理事会にやって来たチャビエル・ファウス。地中海に面して建っている超高級ホテル“HOTEL ARTS ”という五つ星ホテルのオーナーであり、ラポルタと昔からの知り合いであったこともあり理事会構成員の一人として迎えられている。彼に期待されたのはクラブの財政部門の強化、とくにユニフォームの胸に付けるスポンサー探しが彼に託された仕事の一つだった。フットボールの世界とは無縁であった彼だが、ヨーロッパの大企業関係者には顔が利くのが強みだった。

今年の1月、チャビエル・ファウスはヨーロッパのビッグクラブによって構成されている“G−14”の会合に参加している。ロンドン市内に本部を置くこの“G−14”には彼と顔なじみの人物が大勢いる。それは若き実業家であったり、企業広告関係者であったり、多くの選手を抱える代理人会社の人間であったり、そしてフットボール関係の施設不動産業者であったり、あるいは建築業界の人間であったりする。そう、フットボール関係者だけではなくフットボールにまつわるビジネス関係者もウジャウジャと集まる“G−14”なのだ。チャビエル・ファウスと約束している相手はイングランドの“ベルグラビア”という不動産プロモーター会社の最高責任者だった。中国政府との間に強いコネを持ち、台湾を中心に不動産ビジネスを手がけており、チャビエル・ファウスとは旧知の仲の人物だった。

彼らがこの場を選んだのは旧交を温めるのが目的ではなく、あくまでもビジネスに関することからのようだ。このイングランド人は以前からバルサがユニフォームのスポンサーを探していることを知っていた。そして彼にはしばらく前から温めていた一つのアイデアがあった。それは中国政府とのコネをより深めるものであり、ビジネス的には彼にとってもバルサにとっても都合の良いシナリオとなっているアイデアだ。

中国政府の中に“Juventudes Comunistas”という、若き共産党員によって構成されている組織がある。この組織の存在目的はかつての共産主義独裁政権イメージをぬぐい去り、民主的国家としての新たな中国のイメージを世界中に広げていこうというものだ。
「中国関係のスポンサーはどうだろう?もしバルサ側に問題がないなら私が仲介役となってもいいが・・・」
そうチャビエル・ファウスに持ちかけるイングランド人。

もちろんバルサには何の異論もなかった。いや、それどころか、営利団体である一つの企業をスポンサーに付けるよりは中国という国家、あるいは北京という一つの市をスポンサーにする方が余程バルサらしくて良いというのが理事会の結論だった。ジョアン・ラポルタとチャビエル・ファウスの二人が“Juventudes Comunistas”のメンバーとの最初の交渉の席についている。そしてこの最初の交渉で両者が想像した以上のスピードで話が煮詰まっていくのだ。中国側からすると自国のフットボール事情はここ何年かで大きく日本及び韓国に引き離されてしまっていることもあり、ヨーロッパのビッグクラブのスポンサーとなることにより自国の若者の間でフットボールブームを拡張できるのではないかという思いがあったようだ。

中国各地に“バルサ・フットボール・スクール”を開校していくことにより、ゆくゆくは百万中国人のバルセロニスタ、あるいはフットボールファンが誕生するであろうこと。したがって日本や韓国などとのフットボール人気や実力も時間の問題で縮まっていくことが可能となるのではないか。それが中国側の利点だとすれば、バルサにとってのそれは、中国マーケットへの進出が可能となると同時に、他のどのビッグクラブも勝ち取っていない多額のスポンサー料が見込めることだった。年額1900万ユーロというスポンサー料もこれまでの記録を破るものであり、さらに年間2回の親善試合で400万ユーロというのも大きかった。もちろん仲介役となったイングランド人にとってもビッグビジネスの一つとなった。各地で開校されるであろう“バルサ・フットボール・スクール”の建設は彼に任されることになるだろうし、フットボールブームが起きれば将来建てられるであろう10万人収容スタディアムのプロジェクトにも加わることができる。三者が三者なりに利益を得る美味しい交渉がスタートした。しかも第一回目の交渉でほぼ最終契約の骨子が見えてくるほど順調なスタートだった。したがってすでに何回かの交渉が済まされている4月の末に、ラポルタが次のようにメディアを通して語ったのは決してラポルタ風ジョークではなくとてつもなく本気な言葉だった。
「最終的な合意に達するのは時間の問題というところまできている。早ければ今月の末、遅くとも来月の初めには合意が得られるだろう。」

だが、ビジネスと同じように人間関係というのも難しくできている。特にバルサというクラブ内においてはとてつもなく難しい。かつては親友中の親友とまで言われたサンドロ・ルセーとジョアン・ラポルタの確執をみるまでもなく、とにかくクラブ内の権力に近づいた人たちの人間関係は難しい。そう、ひょんなところからニョキニョキと出てきた釘はそこら中から叩かれる運命にあるクラブのようだ。

これまで何回かおこなわれた交渉のバルサ側の代表者はチャビエル・ファウスだった。それは当然のことだろう。彼によって始められた交渉だったのだから。だがファウスの活躍を快く思っていない理事会員がいたようだ。それは中国との交渉が始まる前からファウスの活躍を苦々しく思っている人物たちだった。財政部門の強化が彼の基本的な仕事であったにもかかわらず、エトーの移籍交渉にはファウスは大きな働きをしている。カタルーニャ各大銀行との借金返済交渉にもファウスの活躍は目立つものがあったようだ。副会長職でもないのに目立った活躍をしてやがる、これをシットというべきか、人間的というべきか、それとも素直というべきか・・・。

ラポルタを取り巻く腹心たち、つまりフェラン・ソリアーノ、マーク・イングラ、アルフォンス・グダイ、エステベ・カルサーダなどを中心としておこなわれた会合で、突如としてチャビエル・ファウスが中国との交渉から外されることが決まった。

シーズンが終了し日射しが強くなった初夏に最終的な会合がもたれている。バルサと中国両者にとって事実上最後の交渉となるはずだった。つまりこの日の交渉は契約書に両者間のサインがおこなわれることがほぼ前提となっているような文字通り最後の詰めの交渉になるはずだった。すでに辞任を決意していたチャビエル・ファウス、だがそれでも経験上からくる助言をラポルタチームにおくっている。
「最後の交渉には多くの弁護士を含め、できる限りの人数で行かなければならない。もちろんこれまでの交渉で了承された項目は一々書類に目を通さなくてもいいほどに暗記されたものでなければならない。この日の交渉は最終的に両者間でサインをして終わりをみるものと段取りされているが、それでも万全の準備をしていかないと中国では何が起きるかわからない。」
だがラポルタチームは意固地チームだった。交渉役にラポルタ、ソリアーノ、イングラ、そしてエステベ、わずか4人の麻雀チームを編成しただけだった。もちろん二抜け用の弁護士など連れてきていないバルサ側。さらに、彼らは何回か書類に目を通してはいたものの、暗記するほどまでには至っていない。サインの際に必要な高級万年筆さえ忘れずに持って行けばいい、その程度の感覚だったのかも知れない。

中国政府は30人の役人チームをこの交渉席に座らせている。さらに10人以上の弁護士を席に着かせている。麻雀をしようと思えば十卓は囲める人数だ。しかも彼らはこの最後となるであろう交渉に備えて1日8時間1週間缶詰になって書類を検討している連中だった。そして彼らの前にやってきたのはわずか1卓しか囲めない人数にすぎないうえに、これまで交渉の代表となっていたチャビエル・ファウスの顔が見られない。交渉が始まる前から中国側に躊躇が見られたのは言うまでもない。サイン儀式まで行くはずだったこの交渉は驚くほどの短さで終了している。中国側が交渉延期を申し出てきたからだ。それも彼らにしては珍しく次回交渉の設定なしにこの交渉を終わらせている。そしてこの日以来、このスポンサー話は謎のまま消えることになった。少なくても8月中旬現在、再交渉の話は出てきていない。

最後に、いつか触れることになるであろう怪しげな人物を紹介しておこう。アレハンドロ・エチェバリア、ラポルタの義理の兄弟にして2年前のシーズン途中からいつの間にかクラブに入り込んでいる人物であり、サンドロ・ルセー辞任によって空席ができた副会長職を埋めようとしている人物でもあり、そして、フランシスコ・フランコ基金の重要メンバーとなっている人物でもある。つまりフランコ崇拝主義者の一人が、カタラン主義を掲げるラポルタチームの一員となってしまったという奇妙な風景を作り出した人物だ。


■資料
カタルーニャ各紙