Fernando Maceda da Silva
ナノ


1982年4月20日生まれ
1999−00シーズン、17歳でデビュー

ガリシア地方にあるコルーニャで生まれ育ったナノが、バルサインフェリオールカテゴリーに入団してきたのは15歳の時。すでに身長が180センチ近くの青年だったという。バルサ入団後ラ・マシア寮で生活することになる彼は、カデッテカテゴリーをスタートし、フベニルカテゴリーを経てバルサBチームへと順調に進んでいく。

その彼にいち早く目をつけたのがアーセナルだった。まだ17歳になったばかりの彼に、年俸60万ユーロというとてつもないオファーがやって来る。そして当時のヌニェス政権がとった防御手段は・・・同じ額のオファーを提供することだった。もちろんナノはバルサに残ることになる。だが、バルサBチームに到達したばかりの選手が、スポーツカーで練習にやって来る風景は絵にならない。絵にならないどころか多くの関係者から批判が飛んだとしても不思議ではない。いかに将来が期待される若手選手とはいえ、Aチーム選手並の契約をしてしまうことには危険がある。だから、カンテラ選手引き留め工作は難しい。

バンガール政権3年目となる1999−00シーズン、まだ17歳のナノが念願のバルサAチームデビューを飾ることになる。1999年8月15日、ホーム&アウエー方式のスペインスーペルコパ第一戦で、スタメン選手としてバルサAチームデビュー、そしてリーグ戦初戦でも途中出場ながらデビューを飾っている。だが、この記念すべきデビューシーズンに彼が出場したのはこの2試合だけだった。膝の負傷を訴え、長期離脱という運命が待っていた。

長期負傷から戻ってきた彼に与えられたプレー場所は、ミニエスタディとなった。つまりバルサBに戻ることになる。だが、それでも彼の出番はなかなかやって来なかった。2002−03シーズン、アンティックによって再びチャンスが与えられるものの、かつての“大型エストレーモ選手”としてのナノは姿をあらわさなかった。

その後、At.マドリやヘタフェなどを経て、2006−07シーズンはカディスに完全移籍してプレーしている