Fernando Navarro
ナバーロ


1982年6月25日生まれ
2001−02シーズン、18歳でデビュー

バルセロナ生まれのバルセロナ育ち。フェルナンド・ナバーロは11歳で憧れのバルサに入団し、バルサインフェリオールカテゴリーすべてを通過して、バルサAチームまでたどり着いた生粋のカンテラ選手だ。

2001−02シーズン、レシャック監督はシーズン開始後間もなくナバーロに出場機会を与えた。10月のコルーニャ戦に出場し、夢のバルサAチーム選手となったナバーロだが、本格的にバルサAチームでプレーすることになるのはその翌シーズンからとなる。2002−03シーズン、新たに監督に就任したバンガールはベテラン選手セルジを計算外選手とし、このナバーロをスタメン選手として起用し始める。フベニルカテゴリーあたりまでセントラル選手として活躍していたナバーロだが、バルサBカテゴリーに昇格してきたころから、左ラテラル選手として絶対のスタメンを勝ち取っている。そしてバンガールもまた左ラテラルの位置をナバーロにかけることになる。シーズン開幕戦から絶対スタメン選手としてほぼ折り返し地点まで出場してきた彼に、突然の不幸が襲ったのは12月1日第12節のセビージャ戦。左膝靱帯断裂という大負傷をおった彼は、完全にリハビリを終えるまで8か月という期間が必要だった。

そして、翌シーズンの前半あたりに復帰してきたナバーロだが、すでに彼のポジションにはこのシーズンから入団してきたオランダ人選手ジオが、絶対スタメン選手として活躍していた。まったく出番がないシーズンを過ごすことになった彼は、翌シーズンにはアルバセテへとレンタルされる。そして1年後、レンタル期間を終えてバルサに戻ってきたナバーロだが、チーム事情は変わっていない。ジオとシルビーニョという左ラテラル選手を抱えるライカーバルサには、彼の場所はなかった。そして翌シーズン、今度はマジョルカにレンタルされ、最終的にそのまま完全移籍という形でマジョルカの選手となっていく。

“心のクラブ”から離れることを余儀なくされたナバーロだが、マジョルカに移籍してから根性あるところを見せる。3シーズンにわたって絶対のスタメン選手となり活躍した彼は、ユーロ2008の大会にスペイン代表選手の1人として選出された。そして2008−09シーズン、マジョルカ島を離れ、アンダルシアはセビージャのクラブへと移籍していった。