シルビオ・ベルルスコーニ首相の巻

12月10日、ミラン裁判所で15年にわたってダラダラとおこなわれてきた“ベルルスコーニ賄賂事件”が閉幕となった。約15年前にシルビオ・ベルルスコーニが裁判官を買収したという疑いに関する裁判で、
「いや、そんなことはしていない!」
「嘘を言うな!買収しただろうが!」
というのが延々と続いた裁判。最終判決が下されるこの日、この裁判を担当した裁判官は「買収したことは事実だが、すでに時効となっている」とし、これにて一件落着!したがって、くさい飯は食わずにすんだようだ。

このニュースとバロン・デ・オロのニュースと重なって一つのニュースを思い出した。1992年、我らがウリスト・ストイチコフがバロン・デ・オロ最大候補となりながら、ギリギリのところでバンバステンに持って行かれた。リーグ優勝とチャンピオンズ優勝を勝ち取ったウリストに対し、半年近く負傷していてそれほど良い年とは言えなかったバンバステン。だが最終的にウリストは涙をのみ、バンバステンはカメラフラッシュを浴びることになった。そしてしばらくしてから登場した“ベルルスコーニ、ジャーナリスト買収の疑い”ニュース。

政治家にしてACミランの持ち主であり、イタリア最大のテレビチェーン会社を持つベルルスコーニ。偶然にも、東側諸国へと彼のテレビ局が進出を狙っている時代だった。メディア的には圧倒的にウリストを超えていたミラン選手のバンバステンが毎日のように映し出される“ベルルスコーニ・テレビ”のおかげで、その目的は達成される。東側諸国へのテレビ局進出が実現することになった。そこでどこからともなく出現した前記の“ベルルスコーニ、ジャーナリスト買収の疑い”ニュース。でもその後、その容疑が証明されたかどうかというのは知らない。そして今回の圧倒的な東側ジャーナリストによるシェブチェンコ投票も疑いの的となっているのかどうかも知らない。(2004/12/20


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