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レイナ Reina

2000年12月2日におこなわれたバライードスにおけるセルタ戦で、このシーズンに加入したドトゥエルが試合中に負傷、カンテラ上がりのレイナにとっては待望の一部デビューが実現する。

1982年8月31日にマドリッドで生まれのレイナ。彼は幼少時代を地元のクラブであるラーヨ・マハダオンダとEF・マドリでプレーし、1995年に元バルサ選手の父の薦めでバルサの少年部に入団している。その後、確実にカテゴリーを上り詰めることになるレイナは、ユーロアンダー16の大会で優勝し、それ以後ももアンダー21のカテゴリーで選出されるまですべてのナショナルチームの代表選手となっている。

2002年6月12日、次シーズンのバルサ監督に就任するバンガールの方針で彼はビジャレアルへの移籍を余儀なくされた。

彼にとっては決して易しい決断ではなかったはずだ。レイナにとって、これまでバルサが唯一のクラブであったからだ。だがそのクラブが来シーズンに構想外としている以上、どこかでプレーする場所を探さなければならない。若い彼にとって試合にでることが何よりも大事なことではある。そしてビジャレアルの監督を務め、元バルサのカピタンでもあったビクトルが彼に声をかける。ビクトルはレイナを非常に高くかっている監督の一人だ。

彼にとって門を閉ざされたバルサより、大きく門を開けてくれたビジャレアルに移籍することは、来シーズンの彼にとって非常に明るい材料である。
「個人的にとれる最高の選択だったと思っている。自分の力を発揮できるチャンスをくれたビクトルにもビジャレアルにも感謝している。」

契約が済んでから1週間後の6月21日に、彼のプレゼンテーションがおこなわれた。ビジャレアルにとっては02−03シーズンにおける最初の加入選手となる。移籍料1億ペセタ、契約期間は5年。だがバルサは最初の2年間のみ2億ペセタでのレイナに関する買い戻しの権利を有している。
「いくつかのオファーがあったけれども、ビジャレアルの関係者が一番熱心に移籍交渉を進めてくれた。そしてクラブの持つ将来に関するプロジェクトにも非常に好感がもてた。自分としては初めて「家」をでることになるわけで、不安がないとはいえないけれども期待の方が多いと感じている。」

レイナの希望としては1年か2年でバルサに戻ることだ。彼にとっては実家を離れての武者修行のようなものだという。このプレゼンテーションの前日にバルサオフィスでレシャックを含めクラブ関係者と「お別れ会」をしているレイナ。その席で彼は次のように語っている。
「今の自分があるのはすべてバルサのおかげ。クラブにも、そしてバルセロニスタにも借りがある。いつの日かそれを返さなければならない。1年後か2年後か、それはわからないけれど、なるべく早い時期に戻ってきたいと思っている。」

19歳にして50試合に出場したキーパーはそれほどいるものではない。さらなる経験を積んで近いうちにバルサに戻ってくるであろうレイナ。大きくなって戻ってらっしゃい。
心からブエナ・スエルテ!