Jordi Cruyff
ジョルディ


1974年2月9日生まれ
1994−95シーズン、20歳でデビュー

1988年、父親のヨハン・クライフがバルサの監督に就任すると同時にバルサカンテラ組織に入団してきたジョルディ・クライフ。その彼は1993−94シーズンにバルサBに上がり、その翌シーズンにはAチームでのデビューをかざっている。1994年8月30日、サラゴサ相手のスペイン・スーペル・カップでバルサAチームデビュー、この1994−95シーズンには合計28試合に出場し9ゴールを決めてクーマンやストイチコフと共にチーム最高得点者となっている。まだ20歳という若さであり、デビューした最初のシーズンとしては大合格といって良い数字だ。

もし彼の苗字がクライフというものではなかったら、それなりにバルサの選手としてその後何年間かカンプノウで活躍していただろう。そして例えクライフという苗字を持っていても、監督と会長との対立が激しくならなければ、やはりバルサでそれなりの活躍をしていただろう。だが、残念ながらそうはならなかった。彼はクライフの息子でありクライフはヌニェスと衝突を起こしクラブを去っていく。1996年の夏、息子のジョルディも父親と共にクラブを去る運命となる。移籍先はマンチェスター・ユナイテッドだった。そしてジョルディが再びスペインで脚光を浴びることになるのは2000−01シーズンだ。アラベスの選手となっていた彼はクラブ初のUEFAの大会でいきなり決勝戦まで進む。リバプールに敗れることになる試合だが、リーグ戦の試合と共にこのUEFAの大会でもチームを引っ張る重要な役目を果たしたのがジョルディだった。

負傷の多い選手だったジョルディは現在31歳(2005年12月段階)となっている。そして今も負傷中の彼はどこのクラブにも在籍していない。だがまだ現役引退の意志はないようだ。リハビリを兼ねて、そして新たな仕事場が見つかるまで、バルサの施設を借りて練習に励んでいる。