82 アディオス、我らが偉大なカピタン!(96ー97) 

ロブソンが指揮をとったシーズンのチーム戦力は、決して他のクラブのそれに見劣りするものではなかった。ヌニェス政権にとってこのシーズンは一つの勝負を賭けたものとなっていた。クライフの亡霊を消し去るために、再びバルセロニスタの心を掴むような素晴らしいチーム作りが要求されていたからだ。したがってロブソンが望む選手であるならば、それはすべて獲得可能となった。

わずか18歳にしてすでに世界最高選手の誉れ高いブラジル人選手ロナルドが加入してきている。これまでのフットボール界の移籍金の常識を破るような資金を投入して獲得したロナルド。だがその彼以外にも素晴らしい選手を獲得しているバルサだ。ルイス・エンリケ、ピッツイー、ビクトル・バイア、ジオバンニ、コウト、ロラン・ブラーン、アムニケ、そしてストイチコフの復帰。

ロナルドは期待通りにリーグ戦で34ゴール、すべての試合を含めると47ゴールという驚くべき数字のゴールを決め、翌年にはバロン・デ・オロを獲得する選手にもなる。だが彼は8年という長い契約期間を結びながら、わずかこのシーズンのみでイタリアへと旅立った。フットサルの選手をしていた15歳の時に彼の才能に目をつけたブラジル人の代理人たちの登場がこの少年の将来を決定することとなる。彼が稼ぎ出すドルの20%が彼ら代理人の懐に入る契約。それはロナルドの年俸だけではなく、クラブを移る際の選手に入る15%の違約金の20%も意味することになる。だが彼ら代理人の懐をさらに暖かくするのは、移籍クラブの責任者から受け取るブラックマネーだった。

7月に入団にしたロナルドはその年の12月の段階ですでに契約更新を要求し、長い交渉の末ヌニェスに受け入れられ年俸引き上げ成功している。そして翌年の6月、インテルがロナルド獲得のアドバルーンを上げるやいなや、彼の代理人は再び動き出すことになる。シーズンが終了する間際におこなわれた何回もの交渉により、ロナルドのバルサ残留は99%というところまでいった。だが最後の段階になって代理人たちが要求した彼らへのマージン、一人につき5億という要求をヌニェスははねつける。これが決定的なものとなって彼はインテルへと移籍することになった。

このシーズンの真っ最中に、バルセロニスタにとって“心に染みついた”一人の選手がクラブを去っていった。ドルを求めてクラブを移り歩く“傭兵”ではなくファンにとって何よりも貴重な選手、それはチームカラーを肌に染みこませてくれる選手だ。その代表的な選手の一人ホセ・マリ・バケーロ、我らが偉大なカピタンバケーロがクラブを去っていった。

“6番”をつけたメディア・プンタ、それがバケーロのポジションだ。彼がチームのカピタンとしてではなく、グランドの中での一人の選手としてのもっとも大事な仕事、それは彼のところに来たボールをディフェンス選手に下げることだった。攻撃態勢に入る際、ディフェンスから送られてきたボールを相手ゴールを背中にして受け取るバケーロの唯一の仕事は、そのボールを再びディフェンスに戻すことだった。その理由は、一つはディフェンスの選手を中盤に上げるため、そしてもう一つはクライフバルサで大事な要素となる左右インテリオールの選手をゴール近くに走らせるためだった。ディフェンスを中盤の選手の位置まであげ、中盤の選手が相手ゴール近くに走り寄りデランテロと協力するためには、どうしても10人の選手がコンパクトに配置されなければならない。彼の役目はまさに10人の選手をコンパクトにまとめることだった。

「早いカウンターアタックを狙うためにはディフェンスにボールを戻すことはマイナスになることぐらいはわかっているさ。もちろんカウンターアタックがうまく決まりそうな時には前線にボールを出すようにはしていた。だが我々の基本的なフットボールスタイルは少々違うところにある。それは全員でボールを回して、その結果生まれる相手のスペースにどれくらい効果的に切り込めるかというところにあるんだ。そのチャンスを作るには10人がひとまとまりとなってコンパクトに配置されなければならない。ディフェンスの選手が上がり、中盤の選手が相手ゴールに顔を向け、そしてエストレーモの選手が開いていく。俺がディフェンスの選手にボールを下げるたびに観客席からブーイングがでるんだ。ブーイングがでればでるほど次のボールも後に下げるのが楽しみだった。」

この性格があったからこそ、彼は“ドリームチーム”の心臓の役目を果たし誰もが認めるカピタンとなれた。そして選手としての役目もチームをコンパクトにまとめることだけではなかった。それは攻撃的なメディア・プンタとしてゴールを決めることだ。

バルセロニスタにとって“ここでどうしてもゴールが欲しい”、そういうときに決まって現れるのがバケーロだった。170センチにも満たない、決して恵まれている体格ではないにも関わらず、彼の強力な武器は60センチ以上のジャンプ力を活用しての強靱なヘッディングシュートだ。8年間のバルサ選手として数多くの貴重なゴールを決めてきているバケーロだが、その代表的な、しかもクラブ史に残る貴重なゴール、それはウエンブリーへの道を歩んでいる最中の試合でのゴールだった(100年史58参照)。

このシーズン、彼はもうカピタンマークをつけていない。それどころか試合にも招集されないことが多くなっていた。ロブソンのフットボールコンセプトにおいて、彼の仕事は評価されるものとなならなかった。

1996年11月18日カンプノウでの試合、相手はバジャドリだというのに9万人を越えるバルセロニスタが集まっている。なぜならこの試合が我らがカピタンバケーロにとって最後の試合となることを知っていたからだ。そしてこの9万人の中には、この試合のために全国各地からかけつけた235にも及ぶバルサファンクラブの人々の顔もあった。クライフがバルサを去ってから半年後のこの試合、クライフバルサの心臓であったバケーロもまた去っていくことになる。6年間にわたって素晴らしい時間を提供してくれた我らが偉大なカピタンに最後の挨拶を、それがバルセロニスタの望みだった。

バケーロにとってバルサの選手として最後となるこの試合、彼はこれまでと同じように必要なときにゴールを決めた。そしてバルセロニスタからのスタンディングオベーションとバケーロコールを背中に受けながら途中交代している。彼は8年間にわたりバルサの選手として432試合に出場し、115ゴールを決めている。