63 クライフバルサ(下)

「もし我々の選手がボールを持っていれば、相手チームはボールなしで戦わなければならない。フットボールの基本は簡単なことだ。ボールに触っていることができるか、あるいはできないか、それしかない。」

この単純にして明快なフィロソフィーを語るクライフ。それを端的にあらわしているのが日々おこなう「ロンド」という練習方法だ。

ロンドの練習の基本的な決まりは単純。ボールを所有する何人かの選手と、そのボールを奪うことを目的とする何人かの選手によって繰り広げられる。一番単純な方法は、4、5人の選手が輪になり、その真ん中に一人の選手が入る。輪になった選手は真ん中の選手にとられないようにボールを回していく。ボールタッチは1回きりでなければならない。もし真ん中の選手が少しでもそのボールに触ることができたら、そのパスを出した選手と交代する権利を得る。つまり悪いパスを出した選手が今度は輪の真ん中に入り、ボールを追っかける役目となるわけだ。

もう少し高級になると、輪を囲む選手が7、8人に増える。輪の中に入る選手も2、3人ほどに増える。ルールは同じ。ボールを追っかけている選手がボールに触ったら、そのボールを出した選手と交代する。

最高級ロンドになると少しややっこしい。輪を作る代わりに、横幅12m程度、縦6m程度の仮想グランドを作る。別にラインを引いてグランドを正確に作るわけではなく、暗黙の了解でそのスペースをすべての選手が頭に入れる。5、6人の選手のグループを二つ作り、ボールを回す方とそれを奪う方にとりあえず分ける。同人数ではあるが、ボール所有グループにはクライフとレシャックが加わるため、実際は二人多いことになる。この小さいグランドの二つのゴール位置にそれぞれクライフとレシャックが位置する。そしてボール所有グループは輪のロンドと同じように仮想グランド内で相手グループにボールを奪わられないようにワンタッチパスを繰り返していく。ただしこのロンドの練習では、ボールを追っかけるグループはボールに触るだけではダメで、最終的に奪わないといけない。そしてもし相手グループの誰かがボールを奪ったらそのグループが今度はボール所有グループに即座に変身し、それまでボールを回していたグループが反対の立場になるわけだ。だがクライフとレシャックは常にボール所有グループに属するため、ボールを持っている側の人数的優位は変わらない。このロンドは、ボールを奪った瞬間に「ボール所有グループ」が変わるだけでプレーは続行されるので、ゲーム時間を決めないと永遠に終わらない。だいたい一ゲーム15分としていたクライフだが、かなりキツイ練習である。

クライフはそれぞれのロンド練習に、カテゴリーに応じて参加選手を選出している。ロマリオは1993年に入団してくるが、その当時の「ロンド・カテゴリー」はだいたい次のような感じだ。クライフバルサの選手はそれぞれワンタッチボールに優れている選手だが、それでも個人差がある。したがって一番単純なロンド方式を「普通グループ」、さらに高級なロンド方式を「上級グループ}、そしてもっとも優秀なロンド方式を「最高級グループ」と名付けよう。

●ロンド 普通グループ●

●ロンド 上級グループ●

●ロンド 最高級グループ●

このロンドで要求されることは色々ある。単純な練習方法ではあるが、クライフの考えるフットボールの基本練習として色々な要素が詰まっている。まず、ボールをワンタッチで処理できる能力、スピードあるボールを仲間に送る必要性、ボールが自分の足下に来る前にどこに送るか決める判断力、これらがボール所有グループの基本的な要素となる。ボールを追っかけるグループに必要なもの、それはボールがどこに出るかを予測する眼であり、ボールがない場合の相手選手へのプレッシャーのかけ方を学ぶことにもなる。そしてこの練習に参加するすべての選手に求められるものは集中力だ。もし少しでも気を抜いたりしたらボールを奪われることになるし、その逆にいつまでたってもボールを奪えない状況が生まれる。集中力の維持が必要な練習方法となる。

パス練習あるいはシュート練習がない日でもロンドの練習がない日はない。なぜならこれがクライフの練習の基本だからだ。ある日は準備体操代わりにおこなわれることもあるし、日によってはこれだけで練習が終わることもある。週の半分の練習日はこのロンド練習が練習時間の4分の3を占める。みんなが集まったところで、常におこなわれるのは5分間のランニング。そしてロンドに始まりロンドに終わる。

クライフの練習メニューにセットプレーの練習は存在しなかった。攻撃フットボールにセットプレーが似合わないのか、あるいは時間のかかるセットプレーの練習を嫌ったのか、そのことについては語らないクライフ。クーマンというフリーキックの天才がいたから必要がなかったという説もあるし、また何十回に一回ぐらいしか練習成果がでないようなものに時間を費やしたくなかったのかも知れない。いずれにしてもコーナーキックからのゴールというのはクライフの監督時代を通じてわずかなものだったのも事実ではある。ロンドの練習をクライフバルサフットボールの原点とするならば、確かにセットプレーでの得点はバルサには似合わなかった。