70 天国から地獄への4日間の旅(上)

一昨年と同じような、そして昨年とも同じような風景がカンプノウを包んでいる。みたび奇跡は起きるのか。バルサが勝利し、そしてコルーニャが地元で勝てないなんてことがあるのだろうか。カンプノウを埋めている10万観衆は例年どおりラジオを持ち込みながらの試合観戦だ。これまでとまったく同じような風景のシーズン最終戦が始まろうとしていた。ただ過去2年の最終戦と違うこと、それはバルサとタイトルを争っているチームがマドリではなくコルーニャであること。そしてこれまでタイトルを争ったマドリが最終戦はアウエーで戦ってきたのに対し、今回の相手コルーニャは地元で最終戦を戦える有利さを持っていることだった。

1994年5月14日
リーグ最終戦
バルサーセビージャ
一方、コルーニャのスタディアムであるリアソールを埋めている人々は初のリーグ優勝を確信していた。いや、確信以上のものがあっただろう。相手はUEFA参加ラインにもカテゴリー降格ラインにもひっかかっていないバレンシアだ。彼らにとっては単なる消化試合にしか過ぎないはずだ。地元で戦うコルーニャは勝利さえすればバルサがどのような結果を得ようとも優勝が決定する。そしてその初のタイトルはほぼ手中にあるようなものだった。

試合が同時に始まってからすでに30分近くたっている。カンプノウは落ち込んでいる。バルサは0−1と負けているし、リアソールの方では無得点が続いている。だがまだ試合は60分近く残している。すべてが可能な60分。

後半43分、バルサはすでに5−2と勝利していた。ロマリオがシーズン開始当時約束した30ゴールをこの試合で達成していた。リアソールの方では相変わらず0−0のスコアー。あと数分すればみたびバルサの逆転優勝が現実となると思った瞬間、10万カンプノウにシ〜ンという静けさが襲ってくる。コルーニャが後半44分にペナルティーを得たニュースが伝わってきたのだ。ボールの音だけがカンプノウに響く2分間。重たい静けさが続く2分間。今シーズンのすべてをかけた2分間。

カンプノウに大歓声が戻ってきた。このシーズン最大の大歓声といってもいいだろう。コルーニャの選手ジュキックがペナルティーを外したのだ。そしてその歓声が切れないうちにカンプノウとリアソールで同時に試合が終了する。カンプノウではディアス・ベガが、リアソールではロペス・ニエットが同時に試合終了の笛を吹いた。バルサ3年連続最終戦逆転優勝、4年連続リーガ制覇の瞬間だった。
興奮を隠しきれないクライフが試合後に語る。
「幸運は常に探さないとやって来ない。我々は常に幸運を探し続けてきたんだ。そして私は神様の友達でもあるんだ。」

一方、この日から4日後にバルサとコパ・デ・ヨーロッパを戦うミランは、すべての選手が休養していた。彼らのシーズンはすでに終了していたからだ。彼らは沈黙を守りながらひたすら打倒バルサを狙っていた。バルサ圧倒的に有利と言われている決勝戦に、彼らも最後の言葉を有していた。

1993年9月15日にバルサはコパ・デ・ヨーロッパの初戦を戦っている。相手はディナモ・デ・キエフ。アウエーで3−1という思わぬ敗戦を喫するバルサ。そして9月29日、カンプノウにディナモを迎えるバルサはクライフバルサとしての最高といっても良いスペクタクルな試合をする。4−1で勝利したこの試合、8年間続いたクライフバルサでの最高の試合の一つとして記録されることになる。そして11月3日、アウストリア・ビエナ相手のアウエーの試合で1−2で勝利し、10月20日におこなわれたホームの試合でも3−0と勝ち、問題なく次のグループ戦へと進出。

Aグループに入ったのはマンチェスターを敗ったガラタサライ、フランスチャンピオンのモナコ、そしてスパルタク・モスクワとバルサ。Bグループに入ったのはミラン、オポルト、アンデルレヒト、そしてブレーメン。A・Bグループの1位がそれぞれ相手グループの2位と準決勝をおこなうシステムだ。1位の優位なところは一発勝負の準決勝を地元で戦えるところにある。

11月24日から始まったグループ戦。バルサはガラタサライとのアウエーでの試合だ。結果は0−0の引き分け。そして第2戦は12月8日、カンプノウにモナコを迎える試合となる。モナコには若干22歳のリリアン・トゥラン、23歳のプティ、そしてジョカエフというフランス代表選手に加え、ベルギーの星シーホーやドイツのクリンスマンが活躍している強豪だ。監督はやはりフランス人のベンゲル。だがバルサは問題なく2−0で勝利をおさめた。

年が明けて1994年3月2日、スパルタクとのアウエーの試合を戦うバルサ。オノプコ、カルピンを代表とするスパルタクはやはり強いチーム。このアウエーの試合もバルサは2−2として引き分け、貴重な1ポイントを獲得する。そして3月16日におこなわれたホームでの試合ではスパルタクを5−1と沈め、グループ首位を確保するバルサ。3月30日に続いておこなわれた地元の試合でもガラタサライに3−0で勝利。グループ最終戦のモナコ相手に引き分けでも1位となるバルサはアウエーで0−1とモナコを沈め、ダントツでグループ優勝を決めた。

ガラタサライ−バルサ
(93/11/24)
バルサ−ガラタサライ
(94/3/30)

バルサ−モナコ
(93/12/8)
モナコ−バルサ
(94/4/14)

スパルタク・モスクワ−バルサ
(94/3/2)
バルサ−スパルタク・モスクワ
(94/3/16)

ボビー・ロブソン率いるオポルトには多くの代表選手が集まる。キーパーのバイアをはじめ、フェルナンド・コウト、セクレタリオ、ホルヘ・コスタ、ジョアン・ピントなどを擁する“旬”の時期をむかえているチームだった。グループ戦では惜しくもミランに首位をとられたとは言え、決しておくれをとっていなかったチーム。4月27日、バルサはカンプノウにオポルトをむかえて準決勝を戦う。だがオポルトはバルサの敵ではなかった。リーグ戦でも快進撃を続けていたバルサの敵ではなかった。ストイチコフが2点を、そしてクーマンが得点し3−0と快勝。一方、ミランも予想通りモナコを敗り、バルサ・ミランという魅力的な決勝戦がおこなわれることになる。

1994年4月27日
コパ・デ・ヨーロッパ準決勝
バルサーオポルト